◇中学生*高校生 | ナノ



花火、浴衣、銀の髪

「女みてぇなの……」

しっくりこない鼻緒をもどかしく思いながら宍戸は一人呟いた。
微かに耳に届いたらしく、隣を歩く鳳がキョトンとした顔で言う。

「何か言いました?」

その顔は疑問を投げ掛けつつも、嬉しさから頬が紅潮している。
宍戸は何となく脱力してしまい、「何でもねぇよ」と誤魔化した。

本当はさっきから、いや、先週花火大会に誘われたときからかも知れない、鳳があんまりわいわい騒ぐからその様子を見て思ったことがつい口から出てしまったのだ。
何時集合だのあれ食べましょうだのこれ飲みましょうだの、数日前から浮かれだした鳳に流されて、当日は二人で浴衣まで着るはめになった。
鳳宅集合だと言うから妙だとは思ったが、もう十年は着ていないそれを出されるまで、そこまで用意周到だとは考え付かなかった。
早々と着込んで並んで歩きだせば、鳳の昂揚感をひしひしと感じる。
花火大会何ぞでこんな上機嫌になっちまって、女みてぇなの。

「あっ、宍戸さん!始まっちゃった!」
「あ」

藍色の夜空を見上げると、大きく浮かぶ光の花と、瞬間遅れて響く心地よい爆破音。

「あーあ」
「始まっちまったな」
「ちぇ。宍戸さんと観たかったな〜」

今から向かったとしても見物場所は人でごった返しだろう。そこに飛び込んでまで花火を観たいという気持ちは二人には無かった。
鳳は現状に眉をひそめていたが、宍戸は疑問を感じた。

「おまえ、その割に楽しそうじゃねーか。……口にやけてるぞ」
「え」

鳳はしまった、という顔をする。どうやら完璧に“花火が観られなくて拗ねている”演技を出来ていたつもりだったらしい。

「なんで嬉しくせに残念そうなふりしてんだよ、長太郎」
「あ、いやっその……」

宍戸が声を低く押し殺すと鳳は更に慌てだす。
その態度を見ていると、言い様の無い怒りが胸の奥に沸き上がった。

「長太郎、マジで花火大会行きたかったのかよ?ちっとも残念がってないじゃん。何なんだ?俺にまでこんなモン着せて、何日も前から大騒ぎして巻き込んで、なのに…全部、嘘なのか……少しでも楽しみに思った俺がバカだったな」

自分でも解らないくらい頭が熱くなって、悔しい気持ちでいっぱいになる。
それに鳳が目を見張って呆気にとられた様子なのを見てしまえば、自分がとても恥ずかしくなる。

「し、宍戸さん」
「……もういい。帰る。コレ明日返すから」

居たたまれなくて早口でそう言うと、宍戸は鳳に背を向けた。

「ま、待って!待って下さい!」

鳳が必死に腕を掴んでくる。

「うるせぇな、離せ!おまえも帰れよバカ野郎」
「誤解です!俺っ、…俺はね、宍戸さん。今日が楽しみで眠れなかったんですよ?」

はしゃぎ過ぎっすよね。そう言って笑う鳳の目元には薄い隈が出来ていた。
気付かなかった。

「確かに、さっき残念がったのは嘘かもしれないです」
「は?」

鳳は掴んでいた宍戸の手首をやさしく握り直し、矛盾したことを言った。

「……俺は、その。宍戸さんと居たかっただけだから……花火は、別に、ど…どうでもいい…ですから……」

暗い路上で鳳は銀色の髪を掻きながら俯いた。
その時、花火が打ち上がる。
長身の後輩はその輝きに照らされてしまい、白いうなじが薄く朱を刷いていることを隠せなかった。
また胸の奥がじりじりと焼けるような感覚がしたが、宍戸は不思議と落ち着いていた。

「……照れるなら言うんじゃねぇよ、大バカ野郎」
「……すみません」

夜空は次々と大輪の花を生む。
宍戸も漂ってきた硝煙の匂いに心が逸るのを感じた。

「行くぞ」

我ながらそっけないと思ったが、こちらだって鳳の素直な告白に照れてしまったのだ。
仕方がない。

「あ、待って。宍戸さん」

後ろから下駄の鳴る音がする。追いついてきた鳳は宍戸の隣にぴたりと寄り添うと目線の高さを合わせて微笑んだ。

「俺も、少しどころか、今日はずーっと楽しいと思ってましたよ」
「……!」

宍戸は先程自分が怒声の中に混ぜた正直な台詞をオウムがえしされたことに気付いて顔を真っ赤にした。

「行きましょう」

鳳は手を掴んだまま歩きだす。

「……生意気…」

後でおまえが食べたいって言ってたアレ、奢らせるからな。
そう思いつつも宍戸は高鳴る気持ちを止めることが出来ない。

繋がれた手はそっと握り返してやった。




End.





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