◇中学生*高校生 | ナノ



Short Films

カシャ。
紙の上で針金人間の長太郎をポーチに出した瞬間、右方向からシャッター音がした。

「……何勝手に撮ってんだよ」

睨み上げると、携帯電話を構える男はロッカーによし掛かったままにやりと笑った。

「おまえら仲睦まじ過ぎんねん。見てみい、この至近距離」

薄ら笑う忍足から携帯電話を受け取った長太郎は、画面を見て目を見張った。

「……あ……なんか、」

そう言ったきり黙ってしまうから気になった。

「んだよ、見せろ」
「あ、はい」
「………」

奪ったそれの画面を見て、俺も黙ってしまった。
写真の中で机を挟んで額を突き合わせる俺たちは……異様に近い。

「な?自粛モンや」

そうかもしれない。
長太郎が近くにいるなんて当たり前の日常になっていて、どこまで近づいても許されているのだ、などと知らないうちに思い上がっていた気がする。

「すいません。俺、集中しきってたから」
「別に謝ることじゃねぇだろ」

忍足が妙なことするから長太郎が変に罪悪感を感じてしまった。余計なことを。
悪いのは俺なんだ。
俺がおまえのこと、好きだから。
多少なりともくっつき過ぎだったんだよな。

「ま、とにかく」

いつのまにか忍足の手に戻っていた携帯電話。
そいつをブレザーのポケットへしまうと忍足は言った。

「そういうんは二人きりの時にした方がえぇで?」
「なっ、何言ってるんですか!」

長太郎はからかいに素直にのってしまい、ほっぺが真っ赤だ。
もう。おかしなこと言わないで下さい、なんて拗ねる。
俺は開き直って忍足に消しゴムを投げつけた。

「作戦会議のジャマなんだよ。とっとと帰れ」
「おーお、ワンコいじめたらご主人様に怒られてもうた。恐い、コワイ」
「うるせぇ」









忍足が帰宅して、ようやく二人だけになった。
部室に平和が戻る。

かと、思えたのだが。


「……俺、……宍戸さんにくっつき過ぎッスよね」
「はぁ?」


困ったことに、俺より神経図太いはずの長太郎がまださっきのことを気にしていた。
妙なとこで気が小せぇな、たく。

「何?」
「だって、」

なんだよ。気にしてんじゃねぇよ。
おまえは無邪気な後輩らしくしててくれよ。
そのほうが都合良い。

「だってもクソもねーよ。俺、嫌だなんて言ってないじゃん」

おまえが俺の気持ちに気付いてないから、好きなだけ一番側で片想いを謳歌できる。
残酷だけど今の俺には最高の幸せだ。

「嫌になるよ」

あ。また。

「宍戸さんはそのうち、俺のことなんて嫌になるよ。今は何も知らないから、そんなこと言えるんだ」

タメ口。卑屈な言葉。不機嫌丸出しのガキ臭い顔。

「決め付けんな……」

こうなるからつつかないで欲しかったのに。
忍足の野郎。
長太郎はこの頃、俺に対してやけにわがままだ。俺も隠してる気持ちがあるせいか、甘えや不満を解消させてやるどころか、逆に欝憤を溜めさせるような煮え切らない態度やフォローばかりしてしまう。
悪循環が続いた結果、小さな出来事にも長太郎のスイッチが入るようになってしまった。自分勝手な男だ。

それに。
知らないのは長太郎の方だろ。
俺がどんな目でおまえを見ているか知ったら、嫌になるのは、長太郎の方だろ?

「訳分かんねぇ癇癪起こしてんじゃねえよ。もう帰るぞ。……遅くなっちまったな」
「話逸らさないで」

無理言うな。

「こんな話、続けられるかよ」

信頼してた先輩からおかしなこと言われても良いのかよ。良くないだろ。
逃げるように立ち上がる。
と、ガタン、と椅子が鳴って長太郎に手を捕まれた。
握られた左手首が熱い。

「な、」

こんなわがままには付き合いきれねぇ。
俺はただ今の関係を守りたいんだよ。それくらい勝手にしたって許されるだろ。
怒鳴ろうとした声は、長太郎の捨てられた子犬のような顔によって吐き出されることなく胃に戻った。

「行かないで」
「………」

そんな余裕ない顔してんなよな。ほっとけなくなる。どこかへ行ってしまえる訳もない。
目の前の男がますます愛しくなってしまった俺は溜め息をついた。
掴まれた手首を解いてその大きな手を握ると長太郎の足元に座り込んで、やさしく両手を繋ぎ合わせた。

「長太郎こそなんも知らねぇんだよ、生意気言うな」

穏やかに笑ってやると、睨まれた。

「そうやってすぐ大人振るんだ」
「おまえがガキ臭いからだし」

今度は長太郎が溜め息をつく。

「宍戸さんが俺と反対に進もうとするから、俺はどんどん必死になって追い掛けるんだよ」
「なんだそりゃ?」
「そのままの意味です」

抽象的なような、そうじゃないような。
俺が進んでるのって、どこだ?
考えに耽っていると、視界が急に暗くなった。

「後ろを行く俺の大変さも分かって欲しいです。……労って下さい、宍戸さん」

言いながら俺の肩へ長い腕が伸びてくる。

「は?え、ちょ」

覆いかぶさるように抱き締められた。
ふわふわのくせっ毛が首をくすぐる。

「嫌になったら言ってください」

嫌になるわけない。

「おい……着替えねぇと……」
「嫌になったら、言ってください」

嫌になったら。
黙っていたら否定になる。すぐに気がついたけど、そうやって狡猾に追い詰めて来るところすら愛しいと思えてしまうのだから、どうすることもできなかった。




End.





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