騒々しい朝 外から聞こえる鳥のさえずりに、宍戸は目を覚ました。 見慣れない天井に見慣れないカーテン。しかし隣に眠る男の吐息で、ああ、ここは長太郎の家かとぼんやり思い出す。 身体を起こし、うーんと声を上げて伸びをすると、隣で寝ていた長太郎も覚醒したのかゆっくりと目を開いた。 「おはよ」 「いま…何時ですか…?」 「あー、6時過ぎ」 早い…と呟く長太郎を無視して、カーテンを開ける。寝ぼけ眼には朝日の清々しさが一番だ。 長太郎は早いと言うが、いつまでも裸のままではいられない。 宍戸はベットを降り、長太郎の部屋のクローゼットに向かう。 まだ枕を抱きしめたままぼうっとしていた長太郎はなんとはなしに宍戸を目で追っていたが、その行動に疑問を感じ、寝そべったまま声をかけた。 「宍戸さん、替えのワイシャツ持って来てないんですか?」 「長太郎んちに俺の一枚置いてあったよな?タオルとジャージしか持って来てねぇんだけど」 きょとんとした顔の宍戸に、長太郎は少し身を起こし、首を横に振る。 「ないっすよ。先週泊まりに来た時に着て帰ってましたもん」 「げっ、マジ?」 「はい。“今度また持ってくる”って言ってました」 「…うーわー…」 今日は平日で学校もある。家に帰っている時間もない。 しかし、絶望する宍戸に、長太郎は「心配いりません」と天使のように微笑んだ。 「俺のがあるじゃないですか」 「…おまえのかよ…」 「他に道はありません」 長太郎はいつのまにやら生き生きした目になっていて、ベットからパッと降りると、嬉しそうにクローゼットからシャツを探り出した。 宍戸は溜息をつく。 「嫌だよ、それ」 部活中、長太郎のジャージを借りた時のことが甦る。 あれもこれもサイズがでかい。だから袖も余るし、裾も長い。 氷帝の指定シャツは裾をスラックスに入れたりしないからますます目立つ。 今は夏。ブレザーなど着て隠そうものなら汗だくだし、やっぱり周りから浮くだろう。 「はい、どうぞ」 「……さんきゅー」 しかし差し出されたそれ以外に手立てはない。 渋々といった様子で受け取ると、それを見た長太郎が頬を膨らませる。 「宍戸さん、わがまま言っちゃダメですよ?着るものはあるんだから。宍戸さんがうっかり忘れてきちゃったんですからね」 「…顔にやけてるぞ、おい」 「えぇ?そうっスか?」なんて言って長太郎は紅潮した頬を手のひらで隠す。 「ムカつく。バカ。アホたろー」 宍戸は銀色の髪を鷲掴みすると、グシャグシャにかき回した。 「わわわ。だって、だって、宍戸さんが今日一日俺のシャツ着てくれるんだもん〜」 宍戸は「ハァ?」と辟易したように吐くと、今度は長太郎の頭をぐいぐい押し始めた。 「成長期止まりやがれっ。おまえの服はどれもこれもでかいんだよ」 「ごめんなさい。へへ」 甘い声の謝罪に、宍戸は(シャツを忘れた自分が悪いのは重々承知だが)ますます神経を逆撫でされた。 しかし長太郎がいきなり抱きしめてきて、宍戸は動きを封じられてしまう。 「こらっ…」 怒ろうとすれば、即座にシャツへ手が忍び込んでくる。 宍戸は思わず息を止めた。 「さぁもう落ち着いて下さいね。そろそろ着替え、始めましょう」 長太郎はにこりと微笑むと、緩慢な動きで背中を撫で擦った。 「っ…分かったから離せって」 「着替えさせてあげる」 「いらねぇ。親いるだろ」 「来なけりゃOK?」 長太郎の手のひらが背筋をなぞるように下へと滑り降りていく。宍戸が寝巻代わりに穿いていた短パンのゴムと肌の隙間に細長い指がつつぅ、と通る。 反射的に肩を竦ませると、首筋の辺りでクスリと笑う気配がした。 「くっそ…朝っぱらから盛ってんじゃねーよ…」 普段ならこの辺で思いきり引きはがしてやるところだが、どうも理性が効かない。 まだ生々しい昨夜の記憶が宍戸の脳裏をかすめて、身体の芯に熱を灯す。弱い抵抗はあっさり押さえこまれてしまう。 長太郎もきっと同じだ。さらに時も場所も構わない恋人は今、少しも危機感は持ち合わせていないだろう。 仕方ない、あと五分だけ付き合ってやろう。 宍戸は流されて、いや、覚悟して、長太郎の首へ腕を回した。 「宍戸さん…」 見つめあう瞳。 唇がゆっくりと近づいてくる。 そんな、朝の挨拶にしては濃厚なキスが始まろうとした瞬間。 コン、コン ドアがノックされた。 「長太郎、宍戸君、朝よ。起きてるの?」 長太郎の姉が、なかなか降りて来ない二人を心配してやってきたらしい。二人は勢いよく離れた。 「は、はぁい!起きてるから大丈夫だよ、姉さん!」 しかし、どちらも半裸状態。着る暇などなく、長太郎は慌てて部屋のドアを押さえ、宍戸はずり下がった短パンをあたふたと上げている。 しかし、幸いなことに部屋の扉が開かれることはなかった。 長太郎の姉はドア越しに言葉を続ける。 「あら、おはよう。朝食出来てるわよ。宍戸君と一緒に早く降りてらっしゃいね」 「うん、い、今行くよ」 階下へ降りる足音が遠のいていくのを聞き届けて、二人はどっとため息を吐いた。 「あ…危なかったぁ」 「すっげー焦った…」 それだけ言うと、長太郎も宍戸もせかせかと着替えを始める。 うっかり甘いムードに陥りそうだったが、裸は危険だという常識がやっと戻って来た。 宍戸も、さすがにもう大きなシャツに文句を言わなかった。 「ったく。おまえはいつでもどこでも」 「う…。でも宍戸さんも共犯でしょ」 「……まぁ、そうなんだけどよ」 「あれ、珍しい。認めた」 驚き、そして嬉しそうなオーラを出す長太郎。 宍戸は居心地が悪くなりそっぽを向いた。恥ずかしいが共犯は事実だ。自分らしくなく昨夜の雰囲気が名残り惜しくて、日常モードに切り替えられなかった。 「とにかく、仕方ねぇから…シャツ、借りるぞ」 長太郎の返事はなかったが、宍戸はシャツのボタンを止め始めた。 やはり肩も腰も幅が余っている。 どうも気になって、宍戸は長い裾を引っ張って上げたり下げたりしてみた。抱かれた時にも思うけれど、こんなところでも長太郎との体格差を突きつけられる……少し悔しい。 そんなことをぼんやり考えていた宍戸だったが、ふと気付くと、さきほどから長太郎の動く気配がまったくしてこない。 振り向くと、長太郎はこちらをじっと見て固まっていた。 「おい…何だ?」 問いかけると呪縛は解けたようで、長太郎は「はあぁー」と盛大に溜め息を吐いた。 「あーあ…なんで時間も場所もないんだろう」 「?」 首をかしげると、長太郎は恨めしそうな目で宍戸を見た。 「今すぐ宍戸さんとヤりたい」 「はぁ?ちょ…下っ品だな」 というか昨晩しただろと言いたかったが、年中発情期のこいつにそんな道理は通じないかと思い直し、宍戸は言葉を引っ込める。 「宍戸さんがいやらし過ぎるのが悪いんですからね…」 「何バカなこと言ってんだ。まだ寝ぼけてんのか」 「やっぱりその格好で登校させたくないなぁ。あっ、ボタンもうひとつ閉めて下さいよ。いつもより開いちゃうんだから」 そう言って胸元に手を伸ばしてくる長太郎だったが、宍戸はバカらしくなって好きにさせることにした。 気の抜けたところで、宍戸はあることを思い出した。 「あ。そういえば部室のロッカーにベスト置きっぱなしかもしんねぇ」 「えっ。本当ッスか?じゃあ今日はそれ着ましょうよ!」 名案とばかりに喜ぶ長太郎に、宍戸は呆れを通り越して笑みがこぼれた。 宍戸は身体のサイズに合ってないのを隠せるのでちょうどいいところだが、長太郎はまた妙なことを考えているのだろう。 まったく変なところまで心配性な男だ。 「暑いけど仕方ねぇな。…つーかさ、」 「はい?」 「今すぐとか焦んなくても、たかだか俺の露出度なんか気にしなくても、俺、お前のだし。好きくらいならいつでも言ってやるよ」 少し高い位置にある目を見つめ、さっきかき回した頭を優しく撫でる。 「宍戸さん…」 「おう」 長太郎、好きだぜ。今日も一日頑張ろうな。 そう言うと、朝日よりも眩しい笑顔が返ってくる。 宍戸も今日一日分の元気をもらった気がした。 End. 前 次 Text | Top |