黒い猫と軋むフェンス 3 「母がいます」 「じゃあダメか…」 「?」 「続きしてえなって、ちょっと思ったんだけど」 「えっ」 続き。 キスだけじゃ足りなくなった俺達が最近覚えたばかりのこと。 ますます誰にも言えないようなこと。 ところが、その機会が巡って来たのは久しぶりだった。 宍戸さんは秘密の行為に期待ばかり膨らませていたようで、初めてした時の想像以上の痛みにかなり応えたようだった。たまに気まぐれを起こして誘ってくれるけど、そんなこと滅多にない。 だから、本当は嫌だったんだけど仕方なく「変わりましょうか?」と恐る恐る聞いたこともある。でも「いい」の一点張りだった。いや、俺も、宍戸さんに押し倒されるなんてさっぱり想像できないけど。 それはさて置き。 俺には宍戸さんがどうしたいのかさっぱり分からなくなってしまった。宍戸さんは「暇つぶし」に楽しいことや気持ち良いことをしたいだけのはず。 だけど、どうして負担もかかって大変な方をわざわざ選択したんだろう。 まだ不慣れな行為は辿りつくまでが大変で、得られる快感なんてわずかだ。 俺は宍戸さんを好きだから触れ合えるだけでうれしいけど。 宍戸さんは一体、どういう理由で? 「けどナシだな」 「え…」 「えって。おまえんちムリじゃねえか。俺んちも兄貴いるし」 「で…でも、せっかく…久しぶりに誘ってくれたのに…」 「別に断ったからって拗ねたりしねえよ?女じゃねえんだから。気にすんな」 「いえ、そうじゃなくて…」 「いいって。どうせしばらく遊べるんだから。今度な」 今度なんて。 いつ宍戸さんの気まぐれが起こるか分からないのに、今度なんて。 次が来る前に宍戸さんが新しい彼女を作ってしまうかもしれない。 「嫌です」 「え?」 「一時間待ってくれませんか。…一時間、どこかで暇つぶしする気ありませんか?宍戸さん」 「一時間?」 「あの、母は5時くらいにフラワーアレンジメントの教室に出掛けますから。父も仕事で帰ってくるのは夜遅いし、祖母も姉も、とにかく誰もいません。だから、俺しかいないです。だから、その、一時間待ってくれたら俺の家で大丈夫です。来て下さい」 つっかえながら早口で答えると、宍戸さんはポカンと呆けてしまった。 恥ずかしくて顔に熱が集中する。 焦り過ぎ。きっと宍戸さんに笑われる。 でも止められない。 「き…今日したいです。……今、したい」 宍戸さんは少しの間呆然としていたかと思うと、プッと噴き出した。 「焦り過ぎだって」 「……すみませ…」 「悪いなんて言ってねえけど」 フォローのつもりなのか、手のひらが癖っ毛をやさしく梳く。 「なんていうか、長太郎ってあんまがっつくイメージないから。びっくりした。笑って悪かったよ」 謝りながらもひとしきり笑った後、宍戸さんは俺の腕をすり抜け立ち上がった。 「どこ行くんですか」 「暇つぶしすんだろ?テニスしようぜ」 「…テニスですか…」 「ああ。心配しなくてもちゃんと一時間で終わらせてやるよ」 「………」 「なんだよその目は。嘘じゃねえって。テニスは一時間で切り上げて、その後おまえんちな」 「本当ですか?」 「ホントだってば」 「絶対ですよ?後でやっぱりやめたとかナシですからね?」 「ああ、分かったって。……なんなら今すぐしてもいいんだぜ?おまえがトイレの個室で平気ってんなら」 「!だ、ダメですそんな所!不衛生だし、」 「冗談だよアホ」 「……」 宍戸さんは俺の頬をひと撫ですると屋上の出口へ歩いていく。 軽くあしらわれて悔しいながらも、これからのことを思うと嬉しくなる。それがまた、悔しい。 俺は可愛い女の子じゃないし、大人でもない。 宍戸さんに好きになってもらえることなんてありえない。 でもこうやって、どんどん近づいて、いつか同じ気持ちになってもらえたら。 「……がっつきますよ、そりゃ」 宍戸さんが俺とこうやって一緒にいることをやめないから、諦められない。 理由がなくても、嘘を吐かなくても。 触れられるようになりたい。 ずっと傍にいられるようになりたい。 End. 前 次 Text | Top |