30+1 珍しいなぁ、と思った。 宍戸が自分の隣でにこにこと嬉しそうにピンクのスプーンをくわえている。 それだけで幸福感が胸に広がって、一瞬、全てのことがどうでもよくなるのだ。 彼に傾倒し過ぎているのかもしれない。 チョコレート味のアイスクリームがその光景と共に甘く口に広がった。 「うめぇな!長太郎」 「はい。しかも3段重ねのアイスなんて初めてです」 部活帰りに鳳達は大型チェーンのアイスクリームショップへやってきた。 しかもそこは、ダブルを頼むともう一つアイスがついてきて、トリプルのアイスが期間限定で食べられるというキャンペーン中。 そんな話をしたら、甘党ではない宍戸も子供心をくすぐられたようで、黒い瞳をきらきらさせて帰りに寄って行こうと言った。 「おまえ何味にしたの?」 「えーと、ボックスチョコとキャラメルと、ストロベリーチーズケーキです」 「……なんつーかさ、長太郎って甘くどいの好きだよなぁ」 「え?普通じゃないすか?それより、宍戸さんのミントチョコもおいしそうですね。それにすれば良かったかな」 「俺もお前のソレ気になる。チーズのやつ」 「味見します?」 「おう、交換」 宍戸がニカリと笑って、鳳はまた気分が高揚した。 そのとき大きな声が二人を引き裂いた。 「おまえら先食ってんじゃねーよ!」 向日がアイス片手に宍戸達の方へやって来た。 「あ、向日」 「ちょーたろ!先輩より先に食べるとは何事かねっ!」 同じくやってきたジローが鳳をどついた。 「う、……すみません」 今日寄り道を決めたのは二人だけではなかった。 話を聞きつけた向日とジローが一緒に行くと言いだして、しまいに跡部が全員に招集をかけた。気がつけばレギュラー全員がトリプルアイスクリームを求めて駅前の道を歩いていたのだった。 「何二人の世界作ってんだよ。忍足なんかまだ注文してねーよ?」 珍しく覚醒しているジローが呆れたような声を出した。 「テメェらが遅せんだよ。溶けちまうだろ?」 「………」 全員で出掛けると決まったとき、鳳は何とも言えない気分になった。 先輩達のことは尊敬しているし大好きだ。一緒に寄り道なんて嬉しいし、楽しいに決まってる。以前なら大いに喜んだ。 けれど、最近の自分は何かおかしい。 この状況を素直に喜べないでいる。 「鳳、何味にしたの?」 声に振り向くと、さっきまで宍戸のいた位置で滝がアイスを掬っていた。 「滝先輩。……あれ?トリプルにしなかったんですか」 「部活後でも3段重ねは俺にはキツいな。夕御飯だってあるじゃない」 「俺は甘いものは別腹ですね」 「ふふ。鳳らしい」 少し笑って、それから滝は視線を遠くへ投げかけた。つられて視線の先を見ると、向日とジローと宍戸がアイスを突きながらなにやら騒いでいた。 ようやくアイスを食べ始めたらしい忍足も、樺地を引き連れた跡部と何か話し合っている。 少し離れた場所で、跡部に強制的にトリプルアイスを注文された日吉が仏頂面でアイスにスプーンを刺していた。 「さて。俺、日吉のアイスつまんでこよう。持て余してるよ、きっと。見て、あの顔」 滝は堪えるように笑った。 そして鳳の隣から一歩踏み出したが、すぐに振り返った。 微笑んで優しく問いかける。 「いいの、鳳?宍戸のこと」 鳳が一瞬固まると、滝はそれが解けるのを待たずにしかめっ面の後輩の方へ行ってしまった。 ……別に深い意味はないと思う。 おそらくさっき宍戸と鳳がしていた会話を聞いていたのだろう。 アイス交換するんでしょう?と、そう言ってくれたのだろうと思う。 (……あ、れ?) でも、深い意味ってなんだろう。 「長太郎」 はっと我に返ると、宍戸がすぐ傍まで来ていた。 「あ、はい!」 「おまえのアイスちょうだい」 「あ。味見でした、よね」 「何ぼさっとしてんだよ、ほら」 宍戸が自分のアイスを差し出す。 鳳も慌ててそれに倣った。 「すいません。はい、これ」 「サンキュ。長太郎もこれ食ってみろよ、ミントチョコ。激ウマいからさ」 「いただきます」 一口食べる前に、小さく胸を撫で下ろした。 考えが途中で止まって安心している。 あのまま考え続けたら……何か、まずいような気がした。 「これもいけるな、ウマい」 鳳の中で燻るわだかまりとは遠い場所で宍戸は朗らかに笑っている。 ふいにそれを共感したくなって、鳳は掬ったブルーのアイスを口に入れた。 ひんやりとくちどけ、喉を滑り落ちた感覚は爽やかで清々しかった。 「……おいしい」 「だろ?」 また、笑顔。 それについてまわるあの感覚。 アイスがすぐに溶けていく。 口の中が、身体が、熱い。 満ち足りた様な空洞が胸に広がった。 End. 前 Text | Top |