黒い猫と軋むフェンス 2 宍戸さんがどんな気持ちでこんなことをしてるかなんて分からない。 おそらく暇つぶしという言葉は本当で、ただ気持ち良くなりたいから女の子みたいに面倒じゃなく後腐れなく、自分よりも立場の弱い後輩の俺を遊びの相手に選んだんだろう。 でも俺は違う。 本当に宍戸さんを好きになってしまった。 それでも時折彼女を作って、しばらくして別れるというのを繰り返している。 懲りずに同じことを繰り返すのは、女の子とダメになったとき、宍戸さんが「暇つぶし」に誘ってくれるのを待っているから。 最低だって最悪だってなんだっていい。 宍戸さんの傍にいたい。 「……っ宍戸さ…、くるし…」 唇が離れた合間にそう漏らすと、キスに夢中になっていた宍戸さんはやっと気付いて手の力を抜いた。こんなんじゃいつか殺されてしまうんじゃないだろうか。 血がじんわり戻る感覚がしてホッとしたのも束の間、俺が無抵抗なのを良いことに、宍戸さんは今度は髪を掴んだ。 「待って下さい」 「嫌だ」 初めてキスされた時はびっくりして宍戸さんを突き飛ばしてしまった。 それからしばらく宍戸さんを避けていたこともあったけど、そんなの一週間も続かなくて。宍戸さんは俺が怯えようが怒ろうが笑うだけで、二人きりになると隙をついてはいたずらにキスを仕掛けてきた。 俺はというと、宍戸さんを突き飛ばしたくせに……初めから嫌悪感は無くて。一度キスされて漠然と恐怖みたいなものが湧いてきて、宍戸さんからというより、それから逃げていたんだと思う。 それでも一方的にキスを繰り返されるうち抵抗感も消えてしまった。 細い指に触れられると肌がビリビリ痺れて、声も呼吸もままならない状態でキスをすれば、すぐ頭がふらふらする。 怖がっていたのはそういうこと。 好きになり過ぎて、宍戸さんしか見えなくなってしまうことが怖かった。 けれどそう分かった時にはもう手遅れで、どんな形でもいいから傍にいたかった。 「顔赤ぇ」 「…たりまえじゃ、ないすか。そんな締められて、頭掴まれたんじゃ、」 「ごめんな」 「笑わないで下さい」 「だって、」 謝罪も会話もおまけのようなもので、いつも長くは続かない。 「おまえ興奮してるから」 微笑を浮かべつつも艶を浮かべた瞳はじっと俺を捉えたままで、息が整う前にまた唇が降ってくる。 自分こそそんな息乱して体擦り寄せてくるくせに。 馬鹿にされた仕返しに、逃げないように背中を抱いて、舌を差し入れ口内をぐるりと探った。 「……は、ぁ…」 「宍戸さんこそ」 もっと話したいと思うのに、吐息混じりの声に快感ばかりを追い始めてしまう。 指先で背筋を辿れば宍戸さんの身体が竦む。 「…やば」 「ん?」 つまりそうな息を吐き出して問うと、宍戸さんはもう一度「やべえな」と独り言を漏らした。 「宍戸さん?」 俯いて呼吸を整えている宍戸さんの顔を覗きこむ。 視線が合いそうになった瞬間、先ほど殺意すら感じた手のひらが癖の酷い俺の髪をくしゃくしゃとかき回した。 「おまえんち空いてる?」 ようやく合った視線は少しぐったりして、小首を傾げて上目遣いに伺ってくる。 甘えられているような錯覚がして、酸欠の脳がくらりと揺れた。 前 次 Text | Top |