黒い猫と軋むフェンス 1 「別れる寸前」 放課後の屋上。 「え」 フェンスによしかかって空を見上げていた俺は、驚いて隣に座る人を振り返った。 「付き合ってるやつと」 傷ついたそぶりもせずにへらりと笑う宍戸さん。 「そうなんですか…それは、また…」 お気の毒になんて思ってもないことを口にしつつ、なんてことない様子の宍戸さんにそっと安心する。 今回の人も本気じゃないんだ。 「…あの」 「ん?」 「実は俺も…彼女とうまくいってなくて。冷めたっていうか、自然消滅しかかってて。同じ感じなんですよね」 「マジ?」 「はい」 「ふうん。忍足が言ってたけど、すっげえ美人なんだって?今の彼女」 「まぁ、綺麗な子だと思いますけど」 「愛想尽かされちまうなんてダセェな、長太郎は」 「お互い様です。宍戸さんだって別れそうなんだから」 拗ねた口ぶりで言うと、宍戸さんは「まぁ確かに」なんてまた笑い声をあげる。 でも本当は彼女と自然消滅しそうっていうのは嘘だ。 宍戸さんがフリーになりそうだから咄嗟に合わせて言っただけ。 「じゃあさ。長太郎」 呼びかけられて顔を上げると、さっきまで喜色を浮かべるだけだった黒い瞳が不意に深みを増して艶めいた。 細い指が差しのべられて、首にするりと巻きついてくる。 「暇つぶししようぜ」 「…ひま、つぶし」 いつのまにか、彼女とうまくいっていない時、お互い誰とも付き合っていない時には二人で一緒にいるようになった。 ただいつものように一緒にいるだけじゃない。 うなじを這う指先と、鋭く見つめる猫のような目に体中の血が騒ぎ始める。 「いつもみたいにさ。いいだろ?女もいないし、どうせ暇なんだから」 「俺、まだ別れてませんよ」 「同じだって。今、俺といるくらいなんだから。…それに、」 宍戸さんは首に腕を回したまま俺の脚を跨ぐ。そしてゆっくりと顔を近づけると、誘うように唇を舐めた。 「見つかんなきゃいいだろ」 微笑を浮かべて見下ろされると、もうどうやっても逆らえない。 「…宍戸さん」 「いいだろ……長太郎」 指先に力が籠る。親指に捕えられた動脈は血の流れが止まりそうなほど強く圧迫され、気づけば首を縦に振っていた。 「…ん…」 頷いたと同時にすぐにキスで口を塞がれ、背中を押し付けられたフェンスが音を立てる。 苦しい。息ができない。 最初の頃に抵抗していた名残りからか、宍戸さんはキスの時に必ず首を掴む。 痛いくらい締めつけられて、俺は降参するみたいに目をぎゅっと瞑るしかなかった。その唇の熱を感じるとなぜか手をほどくことができないのだ。 酸欠になりかけながら怖いくらい早く高揚していく。 キスしたい。 触れてみたい。 俺のことしか考えられなくさせてみたい。 そんな欲望ばかり爆発しそうになって。もっと熱を感じたくて、首を締め付ける手に自分の手をそっと重ねた。 「…長、太郎」 荒い息遣いで呼ばれても返事ができない。肺に酸素を取り込まないと意識が飛んでしまいそうだ。 前 次 Text | Top |