おはよう。 携帯のアラームが鳴っている。 目を閉じたまま手を音源へのばそうとするとやんわり掴まれ、指を何かに食まれた。 「おはよう、宍戸さん」 指に感じた柔らかさは、唇の端にちゅ、と音をたてた。左眉を指で数回撫でつけてから、その手のひらは優しく頬を包み込む。 頭がぼんやりする。 瞼越しに影を感じた瞬間、こめかみの皮膚がちゅ、と鳴る。宍戸さん、おはよう。覆いかぶさるように包みこまれて、囁かれた少年の声。また唇にキスが落ちてくる。 「………はよ……ちょうたろう……」 おはようございます、もう一度挨拶され、宍戸はゆっくり瞼を開いた。 朝の光が視界いっぱいに広がる。 「やっと起きた」 耳元に降ってくる羽毛のように軽やかで甘い声。自分のよりも大きくて柔らかいベット。それらは容赦なく眠気を誘い、宍戸はいつものように覚醒しきれない。 それに今日はけたたましい目覚まし時計の音もない。 「今日は俺の方が早起き」 鳳は宍戸を抱きこんだまま添い寝をして、冗談交じりに手をシャツへ忍びこませる。 「俺だってとっくに起きてんだよ……」 指先は温かく、振り払うのも面倒だ。 それだけ言うと宍戸は再び目を閉じた。 「嘘。起きてない」 すっかり覚醒している恋人はくすくす笑いながら宍戸を引き寄せた。シャツの中の手が背骨を確かめるようになぞっている。 普段ならうっとおしいと引きはがしてやるところだ。けれど、目覚めたばかりで肌寒かった宍戸は迷った末に温もりを選んだ。 「俺が起きた時、宍戸さん、半分布団から出てましたよ。寒くなかったですか?」 「…おぼえてねーよ」 「ですよね」 鳳が、うんうん、そうですよね、うん、と一人でよく分からない納得をして、それで会話は終了した。 抱きしめる腕が少しきつくなったかと思うと、鳳は宍戸を首まで布団に包み、ちゃっかり自分もそこにお邪魔する。 「まだ寝ますか?俺も、隣で寝てもいい?」 「おまえ……もう入ってんじゃん」 睨みつけると、鳳はへへへと笑った。 「だって」 「……だって、何?」 「俺が宍戸さんをあっためなくちゃ」 「……」 使命感たっぷりに放たれた声。いつだったか同じその声で世界平和が欲しいと言った鳳を思い出し、宍戸は脱力してしまった。 「ねぇ、宍戸さん。まだ一日は始まったばかりですし、やっぱりもう少しまったりしましょうか」 起こしにきたはずの鳳はそんなことを言い始め、気が付けば欠伸を噛み殺している。 「無理して早起きすんなよな」 「今日は、俺が、目覚まし時計の代わりになろうかと思いつきまして、…それで、…」 「ふうん。サンキュ」 擦り寄ってみたが、鳳は素直に甘える年上をからかうことも、喜び大げさに反応することもしない。ただ、ほんの少し、抱きしめる腕に力が入った気がした。 「…宍戸さんの身体、あったかくて気持ちいい…」 「おまえがあっためてくれたから」 「そっか…よかった…」 もう5分もすれば寝息が聞こえてくるだろう。 今ここを抜けだせば、いつも鳳と行くテニスコートをしばらく占領できる。 早起きをすれば。 「……二度寝もたまには…いいか」 どうせこの腕も放してはくれないだろうし。 宍戸は誘惑の原因に鼻を押し付けて深呼吸すると、再び夢の中へと引き返した。 End. 前 次 Text | Top |