◇中学生*高校生 | ナノ



さやかに星はきらめき 4

「好きだから、風邪…引いて欲しくないです」

それ以上呆然とすることもないと思っていたのに、次の瞬間、思考が完全停止した。

「……好きな人心配したらいけないんですか?」

少し掠れたような声でそう言って、長太郎は俺のことをぎゅっと抱きしめた。触れた箇所は穏やかさも子供のような無邪気さもなく、じりじりとした熱と切迫感を滲ませている。
長い腕の圧迫感に、胸の奥まで締め付けられる。

「……ちょ、長太郎……」
「…宍戸さん…、好き」

勘の良い奴には遅いと言われるかもしれない。
さすがの俺も、長太郎がどういうふうに俺を好きなのか気が付いてしまった。
いや、どこかで気付いていたかもしれない。けれど、今やっと確信できた、そう言った方が近いかもしれない。
前からちょっとおかしいなとは思ってた。好き好きってそんなにたくさん、無理やり会話にその特殊な言葉を織り交ぜるのは変だと思ってたんだ。
でも、そういう意味が込められていたのだとしたら……変じゃなくて。変っていうか、ちょっとした会話の折にでも一生懸命伝えようとしていたってことだ。

「俺、宍戸さんのことが…好きなんです…」

その言葉とともに耳に当たる熱い吐息。
それに肩をビクつかせた俺が水槽から飛び出してしまった金魚のようにパニックに陥っていると、長太郎の腕はそろそろと緩んでいった。

「宍戸さんが風邪引いたら、悲しいです。マフラーくらいは、いいでしょう…?」

少し身を屈めて懇願するような目で見つめられ、ますます落ち着かなくなる動悸。
俺は混乱する頭の隅でコートを押し付けられるより全然マシかと、どうにか考えることができた。

「………う…うん…」

そう答えると、長太郎は「よかった…!」と言って、にこーっと満面の笑顔になった。
その瞬間に俺の両肩を掴んでいた手にきゅっと力が入ったから、またその勢いで抱きつかれるのではとハラハラしたけれど、それはなかった。でも少し緊張して損した気分になる。

「宍戸さん」

長太郎の一挙一動に心の中で百面相していると、長太郎は俺の首に巻いたマフラーを巻き直しながら、囁くように俺の名を呼んだ。

「よく似合ってます。俺のだけど」

長太郎はふんわり笑って、そしてマフラーを直していた手で俺の短い襟足に触れてきた。
首筋にも手の温度が伝わり、ぞわっとしたものが背中を走った。

「っおま、なにしてっ、」
「好き。大好きです、宍戸さん」
「っ!」

唐突に告白されて、俺はやっぱり言葉に詰まった。
だってこれは、愛の告白…ってこと、なんだろ?
先輩に対する尊敬の念だとか、友に対する親愛の情というやつでもないんだろ?
そんなことを極上の微笑みで囁かれては、とても平静ではいられない。
いくら後輩で男だからって、長太郎とはすごく気が合うし、笑顔もなかなか可愛いと思うし…なにより、大好きな奴に言われたら。
言い返す言葉が一つも思いつかなくて俯いてしまうと、頭上から長太郎の嬉しそうな声が降ってくる。

「やっと気付いてくれたんですね。俺の気持ち」

やっぱりそうだったのか。
長太郎は今までずっと俺に愛を囁き続けていたらしい。
なんで最初っからはっきり言わないんだよとか、俺を好きになるなんて何考えてんだよとかいろいろな思いが胸に湧き上がってきたが、そのどれもが言葉になることはなかった。

「覚えてます?最初に好きだっていった日のこと」
「え…?」

最初に好きって言われたのは確か、いつかの帰り道だった。
いつものように曲がり角で別れるはずが、急にそんなことを言われて驚いたのを覚えている。
初めて見る長太郎のやわらかい表情、見慣れた住宅地の風景が夕暮れに染められている光景、道に延びた二つの影――それらがふと、特別なものに映った日。
忘れるはずがない。

「覚えてないか…。俺、結構緊張して態度おかしかったのに。宍戸さん、告白されたのに『サンキュ』って言って普通にしてたしね」

だって、他にどう反応すべきか分からなかった。その意味を測りかねた。

「でも、俺、宍戸さんがサンキュって言って笑ってくれたから、それだけでも嬉しいなって思ったんです。その、意味はちゃんと伝わってませんでしたけど、真剣に受け取ってくれたから。それでいつか伝わればいいかなって思い直したんです。……それに…、好きって伝える度に宍戸さんが照れて可愛い反応するから、しばらく楽しんじゃってました」
「なんだと」
「馬鹿にしてるんじゃありません。すごく嬉しかったから、つい、繰り返してしまって…」

ごめんなさいと微笑まれると、また甘いものが身体に纏わりついてきて、しどろもどろになって視線を彷徨わせる他なかった。
その俺の様子にますます笑みを深くした長太郎に気付くことなく、俺は両手をポケットに突っこんだまま「…じゃあ、いいけど」とマフラーの中でぼそぼそ呟いた。
ビクビクしていたのを観察されていたのかと思うとムカつくし羞恥が湧いたけれど、それを馬鹿にしてるわけでもなく、ふざけてもないのなら、別に良かった。それって、今までの告白も毎回マジだったってことだろ。それなら…。
長太郎は落したままにしていた鞄を拾うと、真正面から俺を見つめた。





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