さやかに星はきらめき 3 12月ともなれば部活が終わる頃にはすでに外は薄暗くなっている。二人で居残って練習なんてしていたら、帰り道はもう真っ暗だ。 俺は特訓の帰り道を長太郎と二人で、人通りのない公園を歩いていた。この公園を横切るとちょっと近道ができるのだ。 「マジ寒い……」 ズボンのポケットに両手を突っ込んで首を竦めると、長太郎は頷いて溜息を吐いた。 「身体動かしてる時はいいんですけど、汗引いたら寒いッスね…」 「ああ」 日が沈んでもコートは照明完備だからテニスはできる。それはいいけど、部活後の帰り道が本当に寒くて寒くて仕方ない。コートにいる時はジャージ姿でいてもまったく気にならないというのに、激しい運動後は冬の冷気に体温を奪われる一方で、家までの道程は毎日凍える思いをする。 そして俺は寒がるくせに着込むのはあまり好きじゃない。矛盾してるのは分かってるけど、動きにくいからどうも好きじゃない、厚着するっていうのは。 今日も面倒だからとつい薄着で来てしまった。でもブレザーの中に一枚セーターを着ていたのがせめてもの救い。長太郎なんてコートにマフラーもしてんのに、俺は危うく基準服のみで死ぬほど寒い思いをするとこだった。 「風呂入りてえな。熱いの」 それでも寒いことは寒くて、マッチ売りの少女のように暖かいものばかり想像した。喋ってないとますます寒く感じてしまうというのもある。 「俺は布団に包まりたいです、制服のまま」 「まあ、気持ちは分かるな」 「願望でしかないんですけどね。そんなことしたら母に怒られますよ。…だから、さっさと着替えて居間に行って、ソファに座って温かいココアを飲みながらルイを抱きしめたいです」 俺はふとその姿を思い浮かべて、長太郎らしいなと思った。 因みにルイっていうのは長太郎んちのペットの猫だ(正式にはルイーズ=マリなんとか?って名前らしい)そんなだらしないことしてたら母さんに叱られんだろうな。俺はたまにするけど。……岳人もたまにしてそうだな。 「あ、ジローは絶対やってるぜ。毎日な」 「すみません。冬じゃなくでもしてそうな気がします」 その映像がパッと思い浮かんでしまって、俺は吹き出した。長太郎も先輩にそんなことを言っている手前、真面目な顔を装っているが口元が少し緩んでいる。 「絶対してるぜ。寒いとかじゃなくて、眠いからな」 長太郎は今度はうんうんと頷いて笑った。 「でも制服がシワになっても涎ついちゃっても、自分ちでクリーニングできるからいいんですよねぇ」 「うまくできてんなぁ」 へへ、と笑ったその時、背筋にぞっと悪寒が走り、くしゃみが出た。 身を竦める俺の横で長太郎が目をぱちくりさせている。 「うぅ…やっぱ寒ぃな…」 もう限界だ。寒い。 公園を抜け、ちょうど住宅街の小さな道路に出たところだ。そこら辺の自販機でホットコーヒーでも買おうかな、と思った瞬間だった。 「…長太郎?」 長太郎が不意に立ち止まる。 振り返るとその腕は俺の方へスッと伸びてきて、気が付いた時には首の辺りがふわふわした温もりに包まれていた。 「え」 「はい。宍戸さん」 長太郎は自分のマフラーを俺の首に巻きつけながら優しく微笑んだ。 「俺の使ってたので申し訳ないんですけど。我慢してくださいね」 長太郎の身体が、急に近づいて。 マフラーの端を肩の後ろへ回そうとするその腕に、まるで抱きしめられたような錯覚を起こしてしまう。 『好きです』 突然、あの言葉が頭に響く。 途端に身体が緊張に包まれ、胸は締め付けられるような苦しさに見舞われた。 「寒くないですか?」 それでも俺が硬直していたのは数秒のことだったのか、マフラーを巻き終えた長太郎の微笑みにすぐに我に返った。 「……あ、や、待て。おまえ寒くなんだろ。…返すよ……」 「俺はコート着てるし平気ですよ。それより、くしゃみしてる先輩がもし風邪なんて引いちゃったら困ります。それに、」 心配だから。長太郎は眉をひそめて口元には笑みを作った。 ――だから。…だから、そういう顔されると声が出なくなんだよ。息だって、苦しいんだよ。 ぶっきらぼうで周囲に対して尖った態度をしてしまう自分が一瞬形を潜め、怯んだ隙に甘ったるいものが体中に纏わりつこうとする。 それを慌てて振り払うと、俺は眉間にしわを寄せて長太郎を睨み上げた。 「んなヤワじゃねーし。俺、風邪とかあんま引かな…―――っくし!」 そう言った瞬間、もう一度くしゃみが出た。 なんていうタイミングだよ。 「……宍戸さん」 「…いやっ、今のはたまたま…っ」 言い訳をしようとあたふた両手を振る俺だったが、長太郎は笑うこともなくじっと見つめるだけだった。するとまた鼻がむずむずしてきて、くしゃみの予感がした俺は咄嗟に両手で口を塞いだ。 「……」 「……」 おもむろにラケットバックを肩から地面に下ろすと、長太郎は今度はコートを脱ぎ出した。 「え」 それをどうしようとしてるか瞬時に気がついて、長太郎の肩を掴んで叫んだ。 「ちょ、いいから!」 長太郎は止められたことに驚いたような、なんでですか?とでも言いたげな顔をする。 「でも」 「でもじゃねえし。何考えてんだよ!」 『好きです』はまぁ百歩譲って良しとしても、この寒い中さも当然とばかりにコートを差し出すなんて。俺はそういうふうに大切に扱われたり無駄に心配されたりとか、好きじゃない。ていうか、そんなふうにされて、俺はどうしたらいいんだよ。変なことすんなよ、俺なんか相手に。 きっと睨みつけてやると、そんなに脅かすつもりはなかったのに長太郎は苦しげに顔を歪めた。 「…好きだから…」 震えた声。 少し赤い鼻のてっぺんと頬。 潤んで揺らめく瞳の色。 もう何度となく囁かれた言葉なのに、その切ない表情すべてに急に頭が真っ白になってしまった。 前 次 Text | Top |