◇中学生*高校生 | ナノ



さやかに星はきらめき 2

あの帰り道以来、長太郎は二人きりになると俺に向かって中学生らしくない微笑みとともに、子供みたいに素直な好意を伝えてくるようになった。

好きです。
好き。
宍戸さんが好きです。

俺はそれを「そっか」とか「サンキューな」とか、ただ礼を言うくらいしかできていない。本当は恥ずかしいから、そういうことを言うのはやめて欲しい。けれど相手が長太郎だからなのか、そのちょっとした羞恥を堪えてでも受け入れようとしてしまう。
部活の後輩に好き好き言われてる状況がもう恥ずかしいしすごく気まずいが、言われて悪い気はしないから。
というより、それを言うときの長太郎の笑顔だったり声だったりがいつもと違う雰囲気を纏うことに、なんとなく興味を引かれているのかもしれない。その時以外にそんな長太郎の姿を目にすることはできなかったから。
でも、やっぱりこっ恥ずかしいから嫌なんだけど。

ともかくも、そうして長太郎の新たな表情を知ってから一週間が過ぎようとしていた。

「宍戸さんのそういうところが、俺は好きです」

気が付けば二人きりになっていた部室。
また長太郎はあの笑みを浮かべて俺に「好きです」と言った。
思わずシャツのボタンを留める手が固まった。だって、俺は別に、長太郎のフォームについてとか、練習中に気が付いたことをいつもどおり話しただけだ。なんで「好きです」が飛び出してくるのか分からない。
固まったまま、ぎこちなく首だけ長太郎の方に向けると、聞こえていないと勘違いした長太郎がまた口を開いた。

「好きです」
「……あ…そう?」

「好き」という一番照れ臭いところをダイレクトに繰り返されて、ちょっと動揺してしまう。長太郎はそわそわする俺に気付いているのかいないのか、勝手に「好きです」の補足をし始める。

「宍戸さんは悪いところは指摘してくれて、いいところは褒めてくれるから好きです」

また『好きです』。この数日間でそれはもう両手両足でも足りないくらい何度も耳に響いていた。
さすがに慣れてくるかと思いきや、逆に緊張する回数が増えただけだった。
なぜだろう。落ち着かない。第三ボタンまで止めたところで、俺はロッカーの中を見たままどうにか笑顔を作った。

「大抵の奴は俺の口の悪さに耐えきれないらしいけどよ」

自然を装って言おうとしたら、思ったより自嘲気味になってしまった。
長太郎はそんな俺に音も立てずに笑った。

「なら、耐えられる奴で良かった。俺は、はっきりしてる人って好きです。…自分が優柔不断だからかなぁ」
「…ふうん…」

どうあがいてもこの空気は変わらない。どうしても変わらないことに、俺一人では変えられないことに、焦りに似た気持ちに駆られる。
長太郎がいつもと違う。笑い方も、目つきも、声も、全部違う。
それを見るのは嫌いではないのに、ふと逃げたくなってしまう。そして、その不思議と甘さのある雰囲気につられてしまいそうになる自分もいて、俺は必死に普段通りを取り繕った。

「ま、長太郎はそのままでも悪くねえと思うぜ。俺は」
「俺も今のままの宍戸さんが好き」
「……」

そうして最後にはやっぱり「あっそう」しか言えなくなっている。









「好きです」と言われて返せることと言ったら、言葉足らずで表現力もない俺はたった一言礼を言うか、その曖昧な台詞になんで?何が?どこが?と素っ気なく問い返すくらいしかできない。
これが長太郎じゃなくてジローや岳人相手だったなら――あいつらに好きとか言われること一生ないと思うけど――「キモいこと言ってんじゃねーよ」と笑ってやれるんだけど。
俺は、長太郎に「好き」と言われて、その突っ込みが頭を過ぎったことすらなかった。
きっとそうやってふざけて茶化してしまうのが一般的というか、普通なのかもしれない。
でも長太郎にはそういう反応したらいけないのかな、と思う。きっと長太郎は、自分で言うのもなんだけど、俺のことを純粋に慕っているだけなんだろう。
全然違う環境で育ったことやどこまでも正反対の思考回路の構造を考えると、俺が照れ臭いと思うことでもアイツにとっては挨拶みたいに自然にするものなのかもしれない。いちいち過剰に反応してしまうのもどうなんだろうか。
向こうは自然にしていることなのかもしれないのに。
俺も、今は慣れなくても、いつかは当然の言葉として受け取れるかもしれない。
…それでもあの微笑みだけはいつまでもくすぐったい気持ちにされそうだけど。
長太郎のそれはホッとするような安心感があるのに、女子達が騒ぐように童話の王子様みたいな非現実的な雰囲気もあるのは確かなことだったのだ。





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