さやかに星はきらめき 1 「好きです」 部活を終えて、 二人一緒に帰り道を歩いて、 そして、 ―――いつもの別れ道で。 “好きです” そのたったひと言が、毎日繰り返している時間と空間の色を変えた。 やわらかな微笑みを浮かべた長太郎は俺に向かってはっきりとそう告げた。 「宍戸さんのことが、好きです」 長太郎は普段からにこにこ笑ってる奴だ。 けど、微笑むってのはあんまりしない。 少なくとも俺の生活の中では微笑むなんて表情は滅多にしない。中学生男子という視点で考えてみれば、長太郎だって俺より笑う奴だけど同じじゃねえのかな。こんな表情、そんなにしないと思うんだけど。 それが、俺に笑いかけて……好きです、って。 ……そっか。こいつ、俺のこと好きなんだ。 納得だ。わざわざ言なくても、忍足なんかにはしょっちゅう「宍戸と居る時の鳳はご主人様が好きでしゃあないワンコが尻尾振ってるように見えるわ」なんてことを言って笑われるから。さすがの俺も好かれてんのかな、とは感じていた。 でも、まあ、フツーに嬉しい。 俺も長太郎のことは可愛い後輩だと思ってるし。 「サンキュ…」 「……はい」 礼を言ったら嬉しそうに返事をされて、また微笑まれる。 寒かったし、そろそろ夕暮れで薄暗かったから見間違いかもしれないけど、長太郎のほっぺが少し赤くなってるような気がした。 それを見つけた瞬間、なんともいえないもどかしさが胸に生まれる。 ……なんだ、これは。 その顔されると言葉に詰まる。 見慣れているはずの顔なのに、まるで特別な秘密を知った時のように胸がトクトクと音を立てた。はがゆい気持ちに耐えきれず、思わずじっと見つめてくる長太郎から視線を逸らしてしまった。 その瞳に捕えられてるのがどうにも落ち着かなくて、地面に映る自分の影の輪郭を意味もなくなぞった。 「じゃあ、また明日。宍戸さん」 顔を上げられないでいると、いつも俺が言う別れの挨拶を長太郎がした。 別に俺からするって決まっていたわけじゃない。けど、長太郎が急に妙なこと言い出すから、言うのをすっかり忘れていた。 ちらりと見上げると、長太郎はもういつもと同じに、にこにこ笑っていた。 少し赤い鼻のてっぺんとか、話すたびに、かすかに白くなる吐息とか。 笑うと目が垂れて普段よりちょっと幼く見える、俺のよく知ってる長太郎に戻っていた。 「……おう。またな」 決して俺より先には背を見せない長太郎はいつものことで、その蜂蜜のような色をした瞳から視線を外すと一人の帰路へと踵を返した。 数歩歩くと、ようやく後ろからもアスファルトを踏む足音がしだす。 俺はそっと溜め息を吐いて、無意識に肩の力を抜いていた。 その夜。 電気を消して真っ暗になった部屋のベットの上で、不意に帰り道の出来事を思い出してしまった。 『好きです』 頭の中に響く数時間前の声。 記憶の糸は眠ろうとしている俺を無視して、長太郎の記憶ばかり引き出してくる。 『好きです』 『宍戸さんのことが、好きです』 明日も早朝から部活の練習がある。 早く寝ないと、そう思うのに、頭の中には一人の後輩の膨大な量の映像が流れていた。 前 次 Text | Top |