宍戸亮を守る会〈滝編〉 氷帝男子テニス部正レギュラー達は、とある会を発足した。 保護の対象である本人すなわち宍戸亮と、そして、よからぬ想いを宍戸に抱いている後輩、鳳長太郎を除く7名がそのメンバーだ。 【宍戸亮を守る会〜キューピッド?滝の場合〜】 実は、滝萩之介は先日まで『宍戸亮を守る会』に属してはいなかった。 滝は宍戸に対して、跡部のようにあそこまで親身(というか、むしろ過保護というか…)になることもできないし、忍足のように半分本気、半分おもしろがって他人様の恋愛に首を突っ込む気にもなれなかった。 っていうか。 早くくっつけばいいじゃない、と思っていた。 どうみても二人は両想いで、それが恋愛でなくても何でも性格的な相性でいえばシンクロできそうなほどにぴったりなんだから。 「宍戸」 「ん?」 部活が始まる前、運よく宍戸と二人きりという状況になったので、滝は彼に相談を持ちかけた。 「話があるんだけど…今いいか?」 「話…?」 会長である跡部も滝の意思を尊重していたのかそれともすっかり入会させたつもりだったのか、無理に滝へ宍戸の危機的な現状況を訴えてくることもなかった。 ところが、昨日とうとう忍足に「手伝ってくれ」と頼まれてしまった。滝はもちろん断るつもりだったのだが、最近幸せそうな宍戸を見てつい悪戯心が湧いた。 「おう。なんだ?」 「あのさ…」 俯いた滝は、落ちてきた髪を耳にかけて少し間を置く。 宍戸とはレギュラー争いで過去にいろいろとあった。けれどそれはそれ。普通に話もするし、ランチを一緒にとることもある。しかし、不器用な宍戸はたまにかしこまってしまい、頼み事なんてした日には滅多に断らない。 もちろん、滝が宍戸に無理なお願いをすることなんて今までなかったけれど。 「宍戸、って…好きな奴とか、いる?」 「えっ?」 宍戸は飲もうと傾けていたペットボトルを握りしめ、顔を赤くして滝を振り返った。 そんなに驚かなくても、宍戸が恋をしているのを知らないのは、鳳くらいじゃなかろうか。 「俺、鳳が好きなんだ」 告げた瞬間、宍戸は蓋の空いたペットボトルを床に落とした。 「………」 「…宍戸。床、零れてるよ」 「あっ、悪ぃ、俺…っ」 宍戸は慌てて掃除用具入れまで駆けて、雑巾を探している。とりあえず滝はジュースの溢れ続けているペットボトルを起こしてテーブルに置いた。 少し罪悪感を感じた。 まさか、こんなに動揺するとは思わなかったのだ。 「な、なぁ。なんでだ、滝。どこがいいんだよ、…あんな奴の…どこが、いいんだ…」 「…あ。…ええっと、うーん……そうだな…、……え…笑顔?」 宍戸は掃除用具入れの中を覗いたまま俯いている。 忍足の作戦では、宍戸に恋のライバルができれば、跡部の心配するような宍戸の貞操がどうのというのはしばらく防げるだろうということである。 鳳に実行しないのは「あんまり効果ないやろ。っちゅーか、ますます燃えそうで嫌や」からという。確かに。 鳳の笑顔が好きという滝の言葉を信じたのか、宍戸は「そうか…」なんて切なく返事をした。 作戦では、この後“鳳と仲が良いのは、宍戸だけじゃなくて俺もだよ”的な話をして、宍戸に精神的ダメージを与える(のか?)という流れになっていたが、滝はここまででもう効果てき面だろうと判断した。正直、こんなに信じてしまうとは思わなかった。 忍足とは恋のライバルを演じる約束をしてしまったが、もういいだろう。明日になっても悩んでいるようだったら、嘘だったと打ち明けようか。ずっと宍戸を欺くという約束はしていない。 すると、俯いたままだった宍戸がぼそりと呟いた。 「ごめん、滝…。俺、おれ……おまえに、言わないといけないこと、ある…」 「…え…?」 「お…俺も、長太郎のこと好きなんだ…!」 ああ。そんなの分かっていたよ。分かっていたけれども、そんな必死に震える声で言われると言葉も詰まるよ。 しかも、 「そ、それに…、その、俺、長太郎と……」 「えっ?」 「…」 「な…何、ちょっと。長太郎と、何?」 なんだか意味深なことを言い掛けるから、つい滝も真剣になって宍戸の両肩を掴んでいた。 「や、なんっつーか…そういうこと、しちゃってる、ていうか…」 「……………おまえらもう付き合ってたのか……」 「えっ、違、」 「違うのかよ!」 滝は思わずツッコミを入れた。そりゃ入れるだろう。付き合ってないのに一体どういうことをしてるんだ。女子が聞いたら「鳳君サイテー!」と罵声が轟くだろう事実だ。滝でさえ心から宍戸を守りたいという会員らしい気持ちになれた。 「付き合ってないけど、その、お願いっつーか、されてて…その断れなくて…つい…」 「なんのお願いだよっ!」 ていうかそれ、お願いじゃなくて脅迫じゃないの!? 滝は心配になってきた。 ところが宍戸は、滝に縋りつくと、首をブンブン横に振って、でも、と叫んだ。 「俺、好きなんだ!…今度、ちゃんと、返事も…」 背後のドアからガタンという物音がしたのは、その時だった。 「鳳、」 宍戸は一瞬、顔を真っ白にして、すぐに首まで赤くした。あんな告白を聞かれたら恥ずかしさで居た堪れないだろう。 ところが鳳の反応は違ったのだ。 「…し、しどさん……、た、きせんぱいと、おしっ、どうっぞ、おし、お幸せに……!!」 「えっ」 「長太郎…!」 鳳は涙ぐんだ声でさよなら、というと二人の声を振り払って部室を飛び出した。宍戸も滝を置いてすぐにその後を追いかけて行ってしまった。 「……台風一過…」 滝はごちゃごちゃとまとまらない頭を落ち着かせるため、部室の中央にあるソファに腰を下ろした。 宍戸の俊足なら、もう鳳に追いついている頃だろうか。宍戸は誤解を解いて、それから誰が好きなのかをちゃんと伝えて、宍戸と他人の幸せを泣きながらでしか祝福できない男を安心させているはず…。 「…うわ。俺、恋のキューピッドじゃないか」 おそらく、さっき宍戸が言っていた「付き合ってないけど、お願いされてる」というのはまさに鳳からお付き合いしてくれというお願いをされているのだろう。そして、宍戸はあの通り素直じゃないのに「俺も嫌いじゃねーけど」オーラを出しているから、鳳もつい告白の返事をもらう前に手を出してしまった、ということだろうか…? 「……」 とりあえず鳳はちょっとサイテーかもしれないな。 滝は溜息をついた。自分のしたことは真逆の効果を発してしまった。 「忍足が来たら、なんて言おうかなぁ…」 宍戸がすでにお手付き状態だと知ったら顔面蒼白になるであろう跡部も思い浮かんでしまい、滝は少し憂鬱になった。 宍戸も鳳も良い仲間だとは思う。 でも二人が揃うと、いつも碌なことがないような気がする。…いや、実際にいいことなんて合った試しがない。 滝は彼らダブルスコンビを、改めてアンラッキーパーソンだと肝に銘じた。 End. 前 次 Text | Top |