Letter - 宛先はすぐ隣 1 好奇心旺盛な先輩二人からそそくさと逃れてきた鳳は、コートへ駆ける足を途中でぴたりと止めた。 ポケットを探れば、あの紙が入っている。 中に綴られた言葉が脳裏に蘇り、鳳はまた顔を赤くして溜息をこぼした。 少し冷静になると咽喉の渇きを感じる。 よっぽど緊張したのだろうか。 鳳はコート脇の自販機を見つけるとスポーツドリンクを買った。今頃ベンチで待っているだろう宍戸の分も、もちろん一緒に。 気付かれないように、背後からそっと忍び寄る。 熱を持って暑いのだろう、青い帽子でパタパタと煽がれている宍戸のうなじに、自販機で買いたての冷たいペットボトルを押しつけた。 「宍戸さん」 「うわぁっ!」 ぐったりしていた身体が飛び跳ねる。首を庇って振り向いた宍戸は、鳳に気付くと目を吊り上げて「冷てえ!」と叫んだ。 怒っているけれど、その頬は恥ずかしさから少し赤く染まっている。鳳は笑顔になった。 「暑いかなぁと思って」 「普通に渡せ、フツーに!」 「えへへ。水分補給しましょうよ」 宍戸は唇を尖らせつつも、相当のどが渇いていたらしく「覚えてろよ」と小さく言って鳳からペットボトルを奪った。 ごくごくと飲み干す勢いでスポーツドリンクを流し込む宍戸は清々しくて、まぶしく感じる。 テニスをしている時の生き生きした表情、そしてその時以外のむすっとした仏頂面。宍戸の周囲にいる人間が当り前に目にする光景。 鳳はドリンクを飲むことも忘れてそれを眺めていたが、やがて静かに俯いた。 手の中のボトルはすぐに汗をかいてしまい、地面に水滴を落としていく。 「はぁ、生き返った……って、おまえ飲まないのか?」 「……」 「おーい、どした?」 長太郎? 呼んでも鳳は無言で、宍戸は後輩と同じように前屈みになり、俯くその顔を覗き込んだ。 「……宍戸さん」 「なに」 「宍戸さん」 「だから、なんだ」 「……あの、ですね。…………怒らないで、聞いてほしいんですけど」 「……」 「俺、約束を破ってしまいました」 「……え?」 「帰ったら一人で読む約束だったのに、さっき、読んじゃった」 宍戸さんの、手紙…。 そう言って鳳はポケットから二つ折りされた紙を取り出した。 「そ、それっ……!」 宍戸の顔がみるみる赤く染まっていく。 「うれしかった」 さきほど芥川達に拾われてしまったルーズリーフの詩。 あれは宍戸が鳳に宛てた手紙だった。 前 次 Text | Top |