Letter - 届かない声 たとえば 目がさめたのにベットからはなれられない朝 なにもかもうまくやれない日 部活めんどうだ、と思う放課後 そういうとき 名前、呼んでほしい 「…おいおいなんだよ、このポエムは」 「詩なんて3年の単元じゃ習わないよな」 「となると2年?」 「……鳳、か……」 「……鳳だな……」 部室に落ちていたA4サイズのルーズリーフ。 畳まれたそれをなんとなく広げてみると、中には行線を無視した自由気ままな文字でくすぐったいことが書かれていた。 向日と芥川は苦笑しあった。 本来なら大笑いしてやりたいところだが、それを慎んだのには理由がある。 彼は、鳳長太郎は今、とても困難な恋をしていると知っていたから。 相手は同性。その上「恋愛よりテニス」というような男。 鳳と宍戸は一歳差でありながら非常に仲のいいダブルスコンビであるが、色気のいの字も見当たらない関係だった。 二人は練習を終え戻ってくる鳳を待って、この熱い想いの託された紙を返すことにした。 大笑いはしないでおいたが、もちろんタダで返すつもりはない。 少しつついて希少な部内恋愛の動向を伺うつもりだ。 実は最近、やけに鳳が幸せそうで鬱陶しい笑顔をする。これは宍戸と何かあったなと二人は踏んでいたのだった。 「お疲れッス」 ちょうどそのとき、元気な挨拶とともに噂の人物が部室に飛び込んでくる。 二人はしめしめと大柄な後輩を取り囲んだ。 「よう。鳳ぃ」 「なぁお前、これに見覚えねーか?」 「はい……?」 向日が背伸びをして詩の書かれた紙を鳳の目の前に突き出すと、後輩は10秒ほど石の様に静止し「わあーっ!」と叫んだ。ルーズリーフは一瞬にして鳳の胸に抱きこまれてしまう。が、すでに向日も芥川も内容をインプット済みである。 「長太郎ぉ〜ってか?」 「大丈夫だって。宍戸には秘密にしといてやるよ」 「えっ、あ、えっと」 「で、お前はこれで告白でもするつもりなのか?」 「…え、と…」 鳳は顔を赤くして俯いた。 さすがの鳳も詩を見られれば羞恥心が湧くのだろう。 「まぁまぁ。落ち込んでる時に大好きな宍戸さんが名前呼んでくれたら元気出ますぅ、なんて超ゲンキンで単純バカで可愛いんじゃねーの?」 「ジロー先輩、それ褒めてないでしょう…」 後輩が赤い頬を膨らませるのに、芥川は満足したように笑う。 向日もおもしろがっていたが、そろそろ虐められる鳳が可哀想で情けを半分、自分の好奇心半分で話題を変える。 「で、おまえらどうなってんの?最近、宍戸といい雰囲気だって侑士が言ってたけど」 「そうなのー?確かにこの頃の宍戸はいつも以上に元気なかんじするけど」 芥川も問うと、鳳はぽかんと呆けた。 知らず先輩達に噂されていたことに対してなのか、宍戸と親密に思われていたことに対してなのかは分からないが、ひどく驚いているようだ。 けれど静かに肩の力を抜くと、少し情けない笑顔になる。 「……ご覧の通り、ですよ……」 胸に抱きしめたルーズリーフをひと撫ですると、鳳はそう呟いた。 『口じゃ言えないことだから、文字に』ということか。つまりまだ想いを伝えられていないということ…だろう、な。 困ったような笑顔はそう物語っていて、二人の心に少しの罪悪感が芽生えてしまう。 ずいぶんと大人びた後輩だが、そういえば彼はまだ14歳なのだった。 恋愛をして悩んだり傷ついたりしないわけがない。 「あ、俺、宍戸さんにタオル持って行かないといけないんで…」 「そっか」 「頑張ってこいよ」 「……さっき見たこと、誰にも言わないでください」 「おうよ!マジで頑張れよ」 また八の字眉で笑った鳳の背を二人は無言で見送った。 「なぁジロー。鳳の奴…宍戸に相当本気だな…」 「なんかさ、今の状況おもしろいと思うんだけど、ちょっとは報われないと可哀想な気がしてきたんだけど」 「俺達、大人しく見守ってやった方がいいのかなぁ…」 「…うーん…」 そんな心配をされていたと鳳は知りもせず、宍戸にタオルを届けるためコートへと走り去って行った。 前 次 Text | Top |