夕方。
オレンジ色の優しい光が差し込む廊下に、ノートパソコンが落ちていた。

紐が括り付けてあるそれは、持ち主を失い、寂しく床に鎮座していた。


「これって…」


あいつの?

スケット団のスイッチ――もとい、笛吹和義が肩から下げているパソコン。
紐が括り付けてあるのが何よりの証拠。

――間違いない。

彼のパソコンだ。
この学校で肩から紐がついたパソコン下げている奴なんて、彼しかいないのだから。


「ったく…不穏な置いていき方するんじゃねぇよ」


こんなの、奴の身に何かあったとしか考えられねーじゃねぇか、そうぼやきながらパソコンを拾い上げる。毎日持ち歩いているにしては傷が少ない、綺麗なパソコン。


「こんな性能良さそーな綺麗なパソコン、盗られてねーのが奇跡だな…
まだ置かれてから時間は経ってねぇのか」


ならば探して渡してやらないと。こんな「どうぞ盗って行ってくれ」と言いたげに置いてあるのを見てだからどうしたと帰るわけにもいかない。


「…めんどくせぇなぁ、」


探し出したら意地悪でもしてやろう

…と、

決めた。


































「――これは…!」


レンズが割れた、見覚えのある黒縁眼鏡が落ちている。

生徒会長の腕章が付いた左腕でノートパソコンを抱えたまま、開いた右手でその眼鏡を手に取る。
普段はちゃらんぽらんに見えるが、冷静さにおいて右に出る者はいないであろう、この開盟学園生徒会会長――安形惣司郎でさえも、これには驚きと焦りを隠せずにいた。


「……ッ!」


走り出す。

――どこへ行った?

教室、体育館、倉庫、トイレ、中庭……

居ない。

普通にしてる時は嫌でも見つけるというのに、いざ探すと全然見つからない。


「笛吹!」


名前を叫ぶ。

――くそ、スケット団の奴らはは何して……

スケット団。
思い浮かべてはっとした。
部室。部室をまだ見ていない。

スケット団の部室に向かうため、方向転換する。使い古したローファーが床に擦れてキュッ、と鳴った。







月の淡い光が差し込む開盟学園の廊下。
スケット団の部室の前に安形は居た。

僅かに開いている部室の扉の前には、またも彼のものと思われる、ローファーが片方転がっていた。


「道しるべ……まるでヘンゼルとグレーテルだな」


そう呟き、拾い上げる。
ノートパソコン
眼鏡
ローファー

今、安形の両手はスイッチのものでいっぱいだった。


「……」


ローファーを持った手で、扉に手をかける。
途端にずしりと肩に何か重いものがのしかかる感覚。

――開けて、いいのだろうか。

彼がここに居るのは間違い無い。
薄く開いた扉の向こうから、時折すすり泣くような"彼の声"を、安形は聞き逃してはいなかった。


「笛吹、」


扉に手をかけたまま、中の彼に聞こえるよう、声をかける。

すすり泣く"彼の声"が止む。
突然の来訪者に、驚いているのだろうか。


「入って、いいか」


返答は、無い。


「……入るぞ」


がらがら、と扉を開ける。
のしかかった何かが、さらに重みを増す。


「笛吹……」


彼は自分の机に突っ伏していた。
彼の周りは、彼のものであろう物たちが散乱していた。

デスクトップのモニターは机の上で倒れ、落ちるはずだったのであろうキーボードはぶら下がっている。床に目を移せば教科書や筆箱の中身、果てはキーボードのキーや常日頃から傷一つ付けず大事にしていたフィギュアまでもが落ちていた。


「……笛吹」

「……」

「帰らないのか?」


ふるふる、と首を横に振る。
『帰りたくない』と、
そう言いたげに。


「笛吹、」


肩に触れると異常なほどガタガタと震えるスイッチの身体。
さながら安形を拒絶しているようだった。


「笛吹、何があった」

「……」

「言わなきゃ分からないだろ」

「……」


スイッチは机に伏したまま、机の上に手を這わせ、何かを探し始めた。
手に取ったのはペンと紙切れ。

筆談する気なのだろう。


『かんけいない』


小さな紙切れに書かれた拒絶の言葉。

安形は表情を曇らせた。


「関係ない、か……
…ま、そりゃそうだ、お前が抱えてる問題だ。俺には関係ない。」

「……」

「でもな
全く関係ないって事もないんだぜ?」


スイッチは顔を上げずに再び紙切れに何かを書き始めた。

震える手で、一文字だけ。


『?』

「だって、ほら…」

「……ッ!」

安形の手が再び肩に触れる。
異常なまでの反応が返ってきた。


「……何で俺が触っただけでそんなにビクつくんだよ」

「……っ、」


ついに顔を上げ、乱暴に安形の手を振り払おうとするも、両手とも掴まれてしまった。
離せ離せと暴れるも、安形の力は強くて逃れられない。

スイッチの顔が、しっかりと安形に捉えられた。
真っ赤になったスイッチ目からは、とめどなく涙が流れる。

口がぱくぱくと動いた。


「……、…、」

「ん?どうした、」

「……、……っ、」

「……?」


必死に、"声"を発そうとするスイッチ。

――初めてか、こいつの"声"を聞くのは。

罪悪感、好奇心。
2つが安形の中をぐるぐると回っていた。


「あ、がた、……、」


名前を呼ばれ、目を見開く。

――喋った。

震えて、涙が次から次へと流れるスイッチ。
嗚咽の混ざる"声"で尚も言葉を繋げていく。


「あが…た、…、見、る……た、び…っ、
つらく、て……っ
…知っ、てる、…感情っ…

でもっ……わか、わかんなく、て……っ

こわくてっ……」

「笛吹もう、」

「でも……っ、
やっと、わか、…て……っ

おれ……っ
あ、がた、のこと……っ」

「もういい、笛吹!」


安形はスイッチの言葉を遮り、震える身体を、優しく包み込んだ。

細い身体が、安形の腕の中にすっぽりと収まる。


「あ、がた……
おれ……
あが、たの……ことっ…、す、……んんっ!」


いきなり、唇と唇が重なった。
俗に言う、キスだ。

安形は舌をスイッチの口内にねじ込み、舌を絡ませた。


「、ふ、…ぅ、んっ…」

「……」


夢中になってスイッチの唇を貪る。
しばらくしてからはっとなって顔を離すと、そこには恍惚の表情を浮かべたスイッチの顔。


「わ、悪い……笛吹、」

「は、ふ、ぅ…
……あ、が……た、
も、っと……」

「……」


スイッチの耳元に顔を近付ける。


「――俺も、お前が好き」


低く囁いて、ニヤリと笑った。


「そうじゃなかったら、パソコンも眼鏡も…持ってこなかったかもしれない」


真っ赤になったスイッチの頬にキスを落とし、そのままソファに押し倒した。


「……あ、がた……」















 




































「悪い、笛吹」

『大丈夫だ。
…こちらこそ悪かった』

「……帰る、か」

『あぁ』

「ほら、手」

『……あぁ』





繋いだ手の温もりを忘れる日はないだろう。







end.
*************
前サイトから持ってきました。

トミイ様へ400hitキリリク作品
安スイでした!