先程まで煩く鳴いていた烏の声も、遠くなった。

日が落ちたせいか、酷く寒い。もうそろそろ日暮れには上着が必要だろう。
もう秋になるのか、と、御坂憂は自宅のあるマンションの廊下を早足で歩いていた。手には鞄、通勤ラッシュにもみくちゃにされたよれよれのシャツ、目の下にはクマと、何処にでもいる過労気味のサラリーマンの姿をしている。伸びた髪も放置しているらしく、何回か目にちくちくと入り、鬱陶しげに瞬きを繰り返していた。

憂は、帰路を急ぎながら腕時計にちらりと目をやった。時刻は18時をほんの少しだけ過ぎている。

自分の部屋までは後数歩。が、その足が枷をつけられたかのように重くなる。彼の枷は、同居している人物に嵌められたものだった。

今日は定時に帰れたのに。そんなことを憂は心の中で愚痴る。帰り際、たまたま同僚につかまってしまい、うっかり話し込んでしまったのだ。一刻も早く帰りたかったというのに。

部屋の中の待ち人は、どんな顔をしているだろうか。重たい足を無理矢理引き摺り、憂は漸く自宅の扉の前に立つ。呼び鈴を鳴らす勇気はなかった。しかし扉を開けない訳にもいかない。鞄の中の鍵を探す手が震えているのに気付いたが、もう引き返せなかった。

見つけた鍵を鍵穴に差し込もうとして、憂は扉の向こう側の気配に気付いた。…スコープ越しに視線を感じる。憂はそっと扉に手をあて、上がる心拍数を抑えようとゆっくりと深呼吸を繰り返した。

(ああ、いるんだな。)

たったそれだけの事を確信すると、一気に緊張感が増した気がした。

憂は呼吸を整えると、なるべく静かに鍵を差し込んで、手首を捻ってカギを開ける。がちゃんと錠が外れる音がした。憂がドアノブに手を掛ける前に、扉がひとりでに開く。いや、実際は内側にいる人間が扉を開けただけだ。

「……おかえり」

案の定、そこには憂の同居人の姿がいた。顔を隠すように長く伸びた髪から覗く目が、ぎょろりと憂を見下ろしている。
憂より頭ひとつぶん程背が高く、体格もそれなりに良い。だが異常な程顔色が悪く、また、一つ括りにした長い髪は腰近くまで伸びていた。恐らく長い間髪を切っていないのだろう。

「…ただいま、節」

憂はその同居人の名を、なるべく優しい声で呼んだ。
同居人ーー節は、暫く瞬きを忘れたかのように憂を凝視していたが、憂の手を掴み玄関に体を引っ張ると、憂の細い体を包むように抱き締めて、大きな体を屈ませて憂の首筋に顔を埋めた。

すんすん、と鼻を鳴らす。どうやら節は憂の匂いを確認しているようだった。

「煙草の匂いがする」

匂いを嗅ぎ終わると、節は憂の肩に顔を埋めたまま、感情の読み取れない声を出す。
憂の肩がピクッと跳ねる。

「電車で移った匂いじゃないと思う ねえ これ だれのにおい」

節の鼻は犬並みだな…と、思わず憂は目を細めて、一瞬感心してしまう。いや、匂いを嗅ぎ分けた訳ではなく、もしかしたらただの癇かもしれない。しかも、よく当たる。どちらにせよ、ここで否定するのは後々面倒な事になるとは、憂もよくわかっていた。

「…、多分、今日帰る前に少し話した同僚の…」

同僚のじゃないか、と。嘘は吐かず、憂は素直に節に事情を説明する。

が、肩に顔を埋めていた節がまた顔を上げた時には、言葉に詰まる事となった。
節の目は憤怒の色を混ぜていた。

「同僚?同僚って男か?帰る前ってなんだよ?俺、いつも寄り道しないですぐに帰って来いっていつも言ってるよな?」

「節…」

憂が何か言葉を返そうとする前に、節は憂の両肩を強い力で掴み、感情をなくした声で喋り続ける。

「へぇ、俺に寂しい思いさせときながらお前はその同僚くんと楽しくお喋りしてたのか、匂いが移るくらいの距離で…」

「節」

待ってくれ、と憂は言葉を続けようとしたが、もう遅いなと察した。これから襲い掛かる衝撃を予想して、憂は固く目を瞑る。予想は的中し、節に乱暴に胸倉を掴まれたかと思うと玄関の扉に叩き付けられ、左のこめかみを強く殴られた。

「うっ…!」

「俺を見捨てるのか、憂」

声に答える間もなく、節の膝が腹に入り憂は激しく咳き込む。思わず崩れ落ちれば太腿を蹴られ、そのまま頭を鷲掴みにされた。

「いっ…た…、節、離し…っ」

「嫌だ。逃げるだろ」

無駄だとはわかってはいたが離してくれと訴える。が、きっぱりと断られた。節に髪を毟られる勢いでそのまま部屋の中へ引き摺られ、縺れる足でなんとか転ばないように着いていく。やがて寝室に辿り着くと、憂はそのままベッドへ放り投げられた。

「うっ…!」

ベッドのスプリングで体が跳ねたかと思えば、節に馬乗りにされ頬に平手を喰らう。渇いた音が鳴り、鋭い痛みがじわじわと広がる。赤くなるだろうな、なんてぼんやりと思っている間に体を俯せにされ、両手首を強く掴まれる。

「嫌?いやか?なぁ、憂」

「…っ」

「嫌だよな、無理に答えなくていい」

節は真顔のまま寂しそうに呟くと、憂のネクタイを引き抜き、それを腰の位置で押さえ付けていた憂の両手首に巻き付ける。憂は荒い呼吸のまま、手首がきつく縛られる感覚に他人事のように、嗚呼、と嘆いた。節に殴られた場所がズキズキと痛む。

「憂……」

節は憂の体に覆い被さると、憂の細い腰を両手で撫で回した。憂の耳に、項に、首筋に舌を這わせ、肉を噛みちぎる勢いで音を立てて噛み付いて、赤黒い跡をつける。

繰り返される、捕食行為のような節の行動に、憂はぶるりと体を震わせた。
嫌悪から来るものと良く似た鳥肌がぷつぷつと立つ。

「なぁ、憂……俺の事好きだよな?」

節は耳裏をねっとりと舐め上げながら、憂に問う。憂はぐっと歯を食い縛って、与えられる刺激に堪えていた。

返事がないことに腹を立てたのか、節の手はするすると憂の股間に伸びて、若干乱暴な手付きで憂の腰のベルトを外す。

「…っ、…」

憂は腰を捻らせて抵抗してみるも殆ど意味はなく、下着ごとズボンを引きずり下ろされる。

晒された太腿や臀部には無数の青あざや噛み付いた跡が残されており、それは上半身も同じ事で、シャツを捲り上れば背中にも痛々しい傷跡が確認出来る。

全部、この半年間与えられ続けてきたものだ。

「憂……ゆう…」

節はその傷跡に唇を近付け、愛おしそうに舌を這わせ、吸いつく。ぴりぴりとした刺激が襲いかかり、擽ったいような感覚に憂が身悶えていると、節の手が臀部の割れ目を撫で始めた。

「あっ…」

憂は思わず甘い声を出す。節の指が後孔に触れると蕾はピクピクと震えて、指を誘い込むような収縮を繰り返している。

「…憂……」

節の指が、ゆっくりと蕾に押し込まれる。

「…っあ…ぁ」

異物が侵入してくる感覚に思わず体を強ばらせると、臀部の肉を鷲掴みにされ、憂はぐっと歯を食い縛った。肉を揉みほぐすような手付きに孔の収縮も弱まり、指を更に奥深くまで受け入れる。指が根元まで入ると、節はぐるりと手首を捻らせ、憂の弱い所を指の腹で強く押す。

「ひっ…!」

こりこりとした膨らみを強く押され、憂はひくりと喉を鳴らした。その反応を見れば、節はその膨らみばかりを執拗に弄び、指の出し入れを繰り返す。

「はぁ…っ!ァ、あぁっ」

「乳首、立ってる」

後孔を弄りながら手を前に回し、胸の飾りに触れると紅く染まった突起が尖り、その存在を主張していた。
節が気持ちいいんだ、と羞恥を煽るように耳元で囁くと、憂はきゅっと唇を噛む。

節はつまらなそうに目を細めると、指を引き抜きながら憂の顎を掴んだ。

「……俺の事安心させろよ、憂」

その言葉は、まるで、懇願しているかのようにも思えた。





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