おじさんの思い
「ウキョウ、ひとつ聞きたいんだけど」
ダイニングテーブルを挟み、あちらとこちらで向かい合う。ウキョウは強張った顔で頷いた。
「俺のこと好きって言ったよね。あれは、嘘?」
「ちが、っ……うそ、じゃない」
「嘘じゃないんだね」
「うそじゃない。ほんとに、おじさんがすき」
好きだと言う、その言葉にも表情にも嘘はない、と思う。
今日の昼間、お偉いさんと一緒に行った料亭にウキョウがいた。いかにも地位が高い雰囲気を持った中年の男に肩を抱かれて、いつもよりずっと無表情に。
本当は責めるべきなのかもしれない。なんであそこにいたのか何をしていたのか聞き出すのが、反応としては正常なのだろう。
けれど、俺はそれをする気にならなかった。
ウキョウを公園で見かけたときから何か訳ありなのだろうと思った。それに、大体予想がつく。
お金、だろう。
帰る場所も頼る人もない生活をしてきて、俺みたいな甘えれば簡単に金を出すATMが傍にいたって一円も請求してこない。
学費、遊興費、その他。どうしているのか気にはしていたが、なるほどわかった。あのように稼いでいたのだ。
「ねえ、ウキョウ」
手を伸ばして黒髪を撫で、目を合わせた。
またあの目だ。怯えたような悲しそうな、傷ついた目。これはどうやら泣きそうなときにわかるらしい。涙で浮き上がってくるのだろうか、過去のことが?
「俺はさ、おじさんなんだよ。見ての通り、いっつも働いてくったくたのおじさん。ウキョウより二十歳くらい上なわけ」
こくりと頷く、ウキョウ。
今にも涙が零れ落ちそうだ。かっこいいのに泣き虫。
「大人だし、それなりにお金もあるし、余裕は――ダメな奴だからあんまりないかもしれないけど……それでもさ、好きな子のこと支えたり可愛がるくらいの力はあるつもり、なんだ」
ぽろりと涙が落ちた。ウキョウの、目から。
「もし良かったら、もうちょっと寄りかかってくれないかな。その、なんていうの? えっと」
考えていたら、話すことがまとまらなくなってしまった。なので、最初に思いついた、一番しっくりきた言葉を口に出す。
「ここから一緒に始めない? ちゃんとお互いを知ってさ、作ろうよ、恋人関係。ウキョウの過去、どんなのでももらいたいし、俺の未来とかお金で良かったら全部あげるから」
まだ先の長いウキョウの全部をくれとはやっぱり言えなかったけれど。
今がタイミングだと思った。
きちんと足をつけてお互いを見てやってゆく下地を作りたい。
「あ、でも永久契約じゃないから。ウキョウが嫌になったら出ていっていいんだよ」
がんじがらめにするつもりはない、というニュアンスを込めて付け足したのだけど、ウキョウは泣きながら首を横に振った。
「やだ。ぼく、ずっとおじさんといる」
「え? そんなこと言っちゃっていいの?」
「いい」
グズグズに泣くから、思わず笑ってティッシュの箱を渡す。あっという間に、丸まった白の山。
「ねえ、ウキョウ」
「ん」
「好きだよ」
ありきたりなことばしか知らないから、すべてを託して四文字。たぶんこれからもこの言葉が最大限のメッセージになり続けるだろう。
ウキョウはまた涙腺を決壊させて、泣いた。
可愛い子だ。
拾ったうちの子、可愛い子。
少し落ち着くと俺の椅子の隣、床へ直接座り込んで見上げてきた。何かと思って見下ろすと俺の手を取る。
がぶり
久しぶりに遠慮なく手首に噛み付かれた。痛み、圧力。口を離すとくっきり痣になっていて、そこをぺろぺろ舌で舐める。それから親指の付け根を甘噛みして、舐めて、親指を甘噛みして、舐めて。
忙しすぎてほとんど触れていなかった温もりに喉が鳴る。かすかな痛みとぬるり、生温かい感触がまた、疲れに埋もれた性欲の火種を煽り立てる。
「ウキョウ、ここおいで」
膝へ座らせ、硬くなりつつあるそれを当ててやる。と、珍しく頬を真っ赤に染めた。可愛い。
腰を抱きしめ、黒いTシャツの襟から覗く首筋に噛み付いてみた。ハリのある皮膚と筋肉の感触は健やか。
これは気持ちいいかもしれない。
そんなふうに思っていたらウキョウも噛むのを再開してきた。
ふたりしてかみつき。しかしやはりウキョウには適わず、我慢できなくなってお風呂へお誘い。いやらしいことは入浴のあとで。
一緒に立ち上がると首へ顔を埋め、すき、と囁いてから絶妙な力加減で噛み付いてきた。
拾った子の癖は、噛み癖。
拾った子の癖は、我慢癖。
拾った子の癖は。
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