寂しがる右京
学校の夏期講習帰り、ひとりで食材を買いにやってきた右京。
スーパーをいくつか回って、それぞれで欲しいものを安く買う。生活費を渡されてはいるが、使わないに越したことはない。余った分は毎月貯金している。そのお金で年末、旅行に行くつもりだ。もしくはいつもよりお高い食材で料理をするとか、お高いレストランへ行くとかでもいいかもしれない。
ねぎがはみ出したエコバッグを肩にかけ、日が傾き始めた道を歩く。まだまだ暑いが、確実に夏は終わりに近付いているのだ。今年の夏は良く遊んだな、と思う。去年の夏はどうだったか記憶にないくらい、どこにも行かなかった。
今年はむしろ家にいる時間のほうが少なく、加賀が仕事に行っている間、広い庭で水風船合戦をしたり、畑に連れて行ってもらって収穫をしたり、お祭りへ行ったり。花火大会はまだだけれど、鈴彦と約束しているので行くつもりだ。こんな風にたくさんの思い出が出来た夏は初めて。
けれど少し寂しいのは、加賀とあまり一緒にいられないから。
いつものことといえばいつものことだが、遊んでいてもふとした瞬間に思い出してしまう。ここにいたらいいのに、とか、一緒に来たかったな、とか。
鍵を開け、静かな部屋に入った。
冷蔵庫や貯蔵室に野菜や果物、肉などを入れる。てきぱきと整理を終え、汗をかいたのでシャワーを浴びて着替え、洗濯物を畳んで復習をして、そばをゆでてとろろを摩り下ろし、食べる。夏に食べるとろろはおいしいな、とひとり幸せをかみ締めたものの、すぐに寂しくなってしまった。
夏の夜はいけない。日が沈むと妙に心許なくなってしまう。
傍らに置いた携帯電話を手に取る。加賀が買ってくれたもので、電源ボタンを押すとすぐに加賀の横顔が出てきた。ついこの間撮ったばかりの、青縁眼鏡が素敵な写真。ロックを解除しても再び加賀。今度は寝顔だ。
メッセージアプリを呼び出し、迷い迷い、言葉を打つ。
「いつ帰ってくるの」
削除。
「今日も遅いの」
削除。
「早く帰ってきて欲しい」
削除。
「寂しい」
削除。
ふうと溜息を吐いて画面を暗くする。こんなことを言っても仕方がない。ただ負担をかけるだけ。食べ終え、手を合わせてから器と箸を洗って、もう一度椅子に座って、携帯電話を手にする。さきほどと同じようにアプリを呼び出して――こんなことを言っても仕方がないけれど、負担になるに違いないけれど、と思いながらも指を動かす。
「寂しい」
とだけ打って、一息入れて、送信した。
ああ、送ってしまった。と思う間もなく、電話が鳴る。着信だ。
「……おじさん?」
「俺も寂しい」
最近は夜遅く帰ってきて朝早く出てしまうので、顔を見るのは起きてからの短い時間だけ。会話もあまりなく、ぎゅっと一瞬抱きしめてもらうだけで、それが余計に寂しくなる原因なのだろうか。
「右京と一緒にお風呂入りたいし、一緒にご飯食べたいし、一緒にベッドでごろごろしながら話したいし、いちゃいちゃしたいし、どこか出かけたいし」
溜息交じりの声に、おじさんも辛いんだな、などと思う。自分だけが寂しいわけではなかったことに安心するのは変だろうか、と、右京は首を傾げた。
「おじさん、寂しかった?」
「寂しい。今もうちに帰りたくて貧乏ゆすりしてるよ」
「そうなんだ」
「そうだよ」
「……なんかちょっと安心した」
「安心?」
「うん。ぼくだけじゃなくてよかった」
「右京といる時間が全然ないのに、寂しくないわけない」
その言葉を聞いて、ほわりと胸が温かくなる。右京は微かに頬を朱色にして椅子の背もたれにもたれた。
「……おじさん、一緒に花火大会、行ける?」
鈴彦と行く予定の花火大会には、加賀や直も一緒に行けたら、と、先日四人で食事をしたときに話した。まだ日にちはあるものの、鈴彦は四人で一緒に行きたがっていた。もちろん右京も、だが。
直はにっこり「行けたらいいんだけど」と言って「はっきりしろよ」と鈴彦に肩を叩かれていた。右京が加賀を見上げたら苦笑いして首を傾げる。いつも約束してもその通りにはならないので、右京はそれ以上聞かなかった。鈴彦は、そうではなかったようだが。
「多分大丈夫だと思う。その周辺でまとまったお休みが取れると思うよ。十里木さんも一緒に……今、二人でがんばってるから」
「無理、しないでね」
「うん。ありがとう。寂しい思いさせてごめんね」
「ううん。ぼくも、がんばるから。ありがと、おじさん」
「右京のかわいい浴衣姿、楽しみにしてるから」
「おじさんもきっと似合うと思うよ」
「寂しかったら、いつでも電話してね?」
「うん。じゃあ、切るね。忙しいのにありがと」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
電話を切るとすぐに、ぴょろん、とメッセージがついた。
たったひとこと。
けれど右京は実に嬉しそうに笑って、スクリーンショットで保存をした。
-----