お客さんが来た 2
「そろそろ来るかな」
白いVネックの七分袖に黒のパンツというとてもシンプルな恰好でおじさんはソファに座ってのんびり言った。ぼくのほうがずっとそわそわしている。だっておじさんの上司だ。
そんなぼくを笑い、名前を呼んで隣へ座らせた。
「大丈夫だよ、怖い人じゃないから」
十里木、というからには、クラスメイトで後ろの席の鈴彦と何か関係がありそう。それにしても上司。緊張する。
そしてその人がやってきた。
ぼくはどうしたらいいのかわからなくてキッチンでお湯を沸かしていたので、顔を上げたらその人がいてびっくり。対面式キッチンのカウンター部分からこちらを見ている。
「こんにちは」
ライトグレーのスーツをスマートに着こなし、優しく笑う男の人。背が高く、首を反らさなければならないくらい。
「こんにちは……」
「そうか、君がね。予想をはるかに超える可愛らしさで驚いたなぁ」
お腹に響くような低い声とそれがぴったり似合う渋い男前。痩せ気味で、灰色の髪を柔らかく撫でつけている。目は大きく二重、薄い茶色の瞳、鼻がすっと高くて唇が薄い。その全身を包むような自信は過去に裏打ちされているのだろう。なんというか、どっしり落ち着いている。
「俺が一緒に暮らしている右京です。右に京都の京で、右京」
おじさんが紹介してくれたので、頭を下げる。すると十里木さんは一層笑みを深くした。
「右京くんか。素敵だね。僕は十里木直です、よろしく。おいで」
最後の「おいで」は、十里木さんがリビングの外に向かって言った。
そこからおずおず入って来たのは――いつもは制服姿で後ろにいて、あれやこれややり取りをしているクラスメイト。今日は当然私服姿。
「うきょーの声がしたと思ったんだよ」
顔が赤い。なぜだか妙に恥ずかしそうな様子。普段制服姿で教室でしか会わないから、だろうか。照れくさいのかもしれない。
「やっぱり。十里木さんって聞いたときからそうかなって思ってた」
「ふたりは知り合い?」
驚いたように目を瞬かせる十里木さん。鈴彦にクラスメイト、と言われ、ぼくと鈴彦を交互に見、ふわりと微笑んだ。
「そっか。君が噂の、前の席の秀才くん」
「右京、秀才なの?」
「成績だけはめちゃくちゃいいんですよ」
鈴彦の言葉を聞き、凄いねとぼくを見つめるおじさん。頬を染めると十里木さんに可愛いと言われ、なんだかまた照れてしまった。
「僕の大切な子の十里木鈴彦です。こちらが、いつも美味しい物をくれる加賀陵司さんだよ」
「はっ! いつもお世話になってます」
目を輝かせ、おじさんに向かってぺこりと頭を下げる鈴彦。おじさんが差し入れをすると言って買っていたお菓子はいつもそちらに流れていたのか。それにしても嬉しそう。かわいい。
四人でダイニングテーブルに着き、焼き菓子を出して緑茶を出して改めて顔を見合った。おじさんの隣に十里木さん、おじさんの前に鈴彦、十里木さんの前にぼく。なんだか面接みたいだ。隣を見ると鈴彦も、なんだかいつもより肩が上がっていた。
「鈴彦くん。可愛いですね」
「いや右京くんもかなり」
なぜか互いに褒め合い始めた。目の前でされるとどういう顔をしたらいいかわからなくなる。
「鈴ちゃん、十里木さんかっこいいね」
「はっ? 別にかっこよくねーよただのオッサン」
「そうかな。優しそうだし、顔もきれいだし」
「優しい!? 全然優しくねーから。ちょー性格悪いぞ」
「え、そうなの」
「すっげーぞ」
ちらりと見ると、おじさんと十里木さんがこちらを見てにこにこしている。笑ってんじゃねーよ直、と鈴彦が悪態をつくが、十里木さんは怯むことなく一層笑みを深める。それがにこにこよりでれでれといった感じで、その顔のままおじさんの方を向いた。
「この一生懸命毛を逆立てているような様子がたまらなくかわいくてね」
「何言ってんだばか! へ、変なこと言ってんじゃねーよ!」
あわあわ、慌てた様子で言う。しかし言えば言うほど十里木さんは甘ったるい顔。
おじさんを見ると真っ赤になっている鈴彦を目を細めて見ていて、ああこれは可愛いと思っている顔だな、とすぐにわかった。
鈴彦は三白眼で、結構目つきが鋭い。顔つきは凛々しい方で背もぼくより結構大きいから、今までは可愛いというよりかっこいいと思っていたのだけれど、確かにこうして激しく赤面している様子はなかなか良い。
「なんでうきょーまでにやにやしてんだよお」
困ったような顔で、あああ、と顔を覆ってしまった。
「ごめんね、虐めすぎたかな」
「別に負けたわけじゃねーぞばか」
機嫌を取るように言った十里木さんに、弱弱しい声で応じる。隣から手を伸ばして膝をさすると、ばかあ、ともう一度言った。
「右京くんはお人形さんみたいだね」
「きれいでしょう」
なぜかきらりと光るおじさんの目。
「いえ、あの、無表情で気持ちが悪いとよく言われます」
「そうかな、ミステリアスでいいと思うけど。それを崩せたら、って、なんとなく考えちゃうよね」
若いころからこの人はきっと相当遊んでいるだろう。話し方に嫌味がなく爽やかで相当モテたはずだ。今は鈴彦ひとりなのだろうか。それともまだまだ現役なのだろうか。今度鈴彦とふたりきりのときに突っ込んでみよう。
「さて加賀くん、この書類なんだけど」
「あ、はい」
「ぼくの部屋に行こう、鈴ちゃん」
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