novel | ナノ

バレンタイン当日


 翌日。
 普通に身支度をして家を出た俺。午後から有給を取っているので、それまでは普段通りバリバリ仕事――の合間に、様々な同僚先輩後輩から山ほどお菓子やらプレゼントやらをいただいた。中に貰ってもいいのか疑うほど高級なブランド品もあって少々困惑。とりあえず来月頑張ってお返しします。
 山盛りの紙袋を横に決意しつつ、二時に退席して車に乗り込む。

 まずは買い物をしなければ。それからグラスを取りに行って、チョコレートを取りに行って……。

 いろいろ寄り道をしてからチョコレートを受け取り、マンションに帰る。時間は三時半。
 部屋に入ると室内は静かだった。やはり右京は出かけている。いつもだいたいこの時間に買い物に出掛けているからと賭けた甲斐があった。

 しかし右京がいなければこんなに寂しいのか。ずっとひとりで暮らしていたのに他人の部屋のようだ。

 寂しさを振り払うよう、さっさとテーブル周りを整える。
 チョコレート色のマットを敷いて銀のカトラリーを揃え、先ほど右京のために買ってきたガラスのグラスを箱から出す。表面にカットがかけられ、角度によって模様が変わる不思議な細工がされている。右京も見るたび可愛らしい表情をたくさん見せてくれるからぴったりだ。

 以前右京もこういう食事周りの用意をしてくれた。同じ、とは芸がないが、それだけ嬉しかったことが伝わったら良いのだが。

 テーブル周りを終えてからキッチンで夕飯の準備をする。牛肉のブロックをオリーブオイルとにんにく、バターで短時間表面のみをロースト、冷ましながらクレソンを醤油とオイルで和えて付け合せのサラダを作る。芋を茹でて粉吹にし、そこにパセリを散らして塩コショウで味を整えた。
 深い鍋でパスタを茹で、まだ肉の旨味が残るフライパンに麺を入れて炒めながら茹で汁を少し混ぜて生のトマトと合わせ、塩味のトマトパスタ。

 五時になり、玄関が開く音。素晴らしいタイミング。匂いで気付いたのか、急ぎ足の足音の後にリビングのドアが勢い良く開いた。


「お帰り、右京」
「……今日、遅いって」
「うん。ごめんね? 嘘ついちゃった」
「おじさん……」
「ごめんね」


 椅子を引いて座らせ、頭を撫でる。


「……今日もひとり、って思ってた……」
「今回は、って思ってたんだ。右京はいい子で優しいから、寂しいって言わないでしょ。いつもありがとね、家で待っててくれて凄く嬉しい。愛してるよ」


 うん、と頷いた右京は泣きそうに目を赤くしたけれど泣かなかった。我慢しているようだ。その様子が可愛くて抱きしめてから夕飯を並べる。一皿にまとめた肉料理はどうやら喜んでもらえたらしい。


「おじさん、このグラスすごいきれい……」


 アルコール抜きのシャンパンを注いだグラスはきらきら光って、様々な角度から右京に見られて照れたように中身の泡が弾ける。その無邪気な表情にこちらも笑ってしまい、実に癒やされる。


「右京は可愛いな」


 しみじみつぶやいた声はどうやら耳に届かなかったらしい。
 夕飯を終え、一緒に片付けをしてチョコレートの箱を差し出した。昨日のものよりいくらか小さく長細い。


「……わ、きれい」


 箱の中に規則正しく並んだ、はっきりした色合いの艶コーティングがされたチョーク型のチョコレートたち。赤や青や黄色、カラークレパスのようだ。実際にモチーフにして作られたらしい。


「色ごとに風味が違うんだって。何がいい?」
「んー……赤」


 指で赤のチョコレートをつまみ、差し出す。唇で挟んで食べた右京は目をキラキラ輝かせて俺を見た。


「りんごの味がする。おいしい」
「赤はりんごか。青は……ぶどう。へえ……」


 色ごとに味があるのだ。黄色はゆず。
 しかしそれはすぐに差し出さず、持ったまま右京を招く。


「おいで、右京」


 唇に挟んで上を向く。立ち上がってこちらに来た右京は、俺の肩に手を掛けてチョコの端に噛みついた。ぱき、と割られて真ん中から折れてしまったけれど気にせずそのまま後頭部を引き寄せて口づけを。
 柔らかな唇から甘い味とゆずの香りが漂う。舌を差し入れ、奔放に舐め回してチョコを溶かすように絡ませる。


「……もっと欲しい?」
「チョコレートより、おじさんがいい」


 最近こういうことをしていなかったからか、目元を赤くして言う。頬を撫でると撫でた手を取られて指先を噛まれた。
 久しぶりに覚えたその歯の感触が、肌に欲しくてたまらなくなってしまった。


「右京」
「なに?」
「……いっぱい、噛み付いてね」
「いいの?」
「いいよ」


 ……そう言ったのを後悔することはなかったけれど、ようやくできるようになった腕まくりが再びできなくなってしまった。
 更にもうすぐ健康診断があり、X線やら採血やら内科検診やらしなければならない事態があったことを、歯型だらけの腕をさすりながら見た通知メールで思い出した。
 欲望で突っ走るのはなかなか危険だ。

 上司にもらったうすーいチョコレートもどきはしっかり利用させていただきました。
 使い心地がなかなかよく、インターネットで検索して箱買いしましたと上司にメッセージを出したところ「僕もこれが一番好きだよ。うちのかわいい男の子にも評判がいいしね」とまさかの返信があった。
 あのナイスミドルに愛されている男子、少々気になるところだ。
 お礼を込めてチョコレートをプレゼントしたら「うちの子といただくよ」と微笑まれた。


-----

 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -