旅館にて
「右京、寝る?」
しっとりした和の空間、ふたりきりの静かな部屋にはさらさら水音が聞こえてくる。隣に座って俺に寄りかかっている右京は今にも寝そうで、しかし質問には一生懸命首を横に振った。
年越しは、温泉で過ごそう。
そう提案したのはこの前の湖のほとり。泊まりでどこかに行きたいね、と言いながら仕事でなかなか行けなかったからだ。
旅館、温泉、おいしい料理という基準で探して、仕事仲間の紹介でここにして正解だった。川を船で少々下り、船着場から庭を通って旅館に着くという造り。
崖に沿って作られた古い建物は個室が各自わずかに離れていて、騒音というものがない。各部屋に露天風呂もある。
着いて早速入って部屋で食事をして、更に大浴場へ行って存分に雰囲気を楽しんでいる。
十一時半には蕎麦を部屋へ持ってきてくれるらしい。
布団の敷かれた続きの間に灯されたランプがゆらゆら光っているだけ。
右京は温かくて、触れている場所からじわじわ熱が伝わる。もう半分夢の中、といった様子が愛しい。
「寝てもいいんだよ」
「んん……やだ……」
髪を撫で、身体を傾けさせて膝に頭。綿入れを身体にかけてやると身を縮こまらせた。
「寝ない……」
「起こしてあげるから」
この言葉に安心したのか目を閉じた。
薄暗がり、静かに眠る右京を見ながらしみじみ幸せを噛みしめる。
拾って共に過ごして、一日一日がとても良かった。家にいてくれると思うだけでたまらない温かさ、心に灯りをくれる。
たくさん愛させてくれてありがとう。嫌がらないでそばにいてくれて、本当にありがとう。
右京に関して一切嫌なところがないのだから面白い。好きすぎ、愛し過ぎなのかもしれない。
「失礼します」
控えめな声が掛かった。どうぞ、と言うと仲居さんが蕎麦や薬味を載せたお盆を持ってそろそろ入ってきた。
「もうすぐ新年ですね」
「そうですねえ。五分前からは花火が上がりますよ。ちょうど……そちらの窓から正面に見えますから、窓開けましょうか」
「すみません、お願いします」
窓を開けると、川の対岸の林が見えた。
振り返った仲居さんが、膝枕で寝ている右京を見つけて笑う。優しそうな女性。
「弟さんですか」
「いえ、恋人、です」
「仲が宜しくて羨ましいです」
ふふ、と笑い、丁寧に礼をして去っていった。
「右京、もう年明けるよ?」
そっと話しかけ、肩を揺らす。
目を開け、眠そうにしながら起き上がった。
「……一年、ありがとうございました」
正座をしたまま深々頭を下げる右京。
「いえいえ、こちらこそ」
「おじさんと一緒にいられてとっても幸せです」
「俺もです」
寝起きの顔でふにゃり、笑う。
可愛らしい。髪を撫で頬を撫でると嬉しそうに目を細める。
「あ、」
窓の外では花火が上がり始めた。
新年はもうすぐそこだ。
右京は空に散る火を見てきらきら目。
ああきっと来年も右京を溺愛して暮らすのだろう。
「……好きだよ、右京」
「ぼくも、おじさんがすき」
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