ウキョウの朝
朝、少し早く起きてベッドを抜け出す。おじさんはぼくのもぞもぞや揺れには一切気づかない。
前に何人かぼくを拾ってくれた人は、他人が作った食事が嫌いだったり家事をされるのが嫌だったり、そもそもぼくが動くのが嫌だったり。
でもおじさんは何をしてもありがとうって言ってくれて、ご飯を食べたらおいしい、掃除や洗濯をしたらありがとうって言ってくれる。おはようもおやすみも、ただいまもいってきますも言ってくれる。
特にあいさつを聞くのが好き。ひとりじゃ絶対にできないから。
朝ご飯ができるころ、匂いにつられたみたいにおじさんが起きた。一度廊下に消えてから少しすっきりした顔で戻ってきて、ぼくを抱きしめる。
「おはよう」
声はまだ眠そう。
「おはよう」
「今日もいい匂いだねー」
ご飯の話かと思ったら、ぼくの首に顔を埋めてくんくん。ほとんど同じ物を使っているから同じだと思うんだけど。お返し? におじさんの首にキスをして、軽く噛み付いた。痕が残らない程度に。ぷりぷりの筋肉とそれを覆う皮膚の感触がたまらない。はぐはぐぺろぺろ、Tシャツから覗いている両側の首筋をいただいている間、おじさんの手はぼくの髪を撫でてくれていた。
「朝から可愛い」
首から離れて見上げるとそんなことを言われて頬にキスをされた。おじさんは朝から優しくて甘くて、血糖値が上がりそうだ。
朝食を出して一緒にテーブルにつく。一緒に挨拶をして、食べながら今日の予定の確認。
「学校、早く終わるから。買い物して帰るね」
「気を付けてね。よろしく」
「なにか食べたいものある?」
「ロールキャベツ食べたいな」
「わかった」
「土日、右京が食べたいもの作るから」
「うん。にんにくバター焼き」
「……それは料理かな。つまみ?」
焼き魚の骨を取りながら苦笑いし、右京は渋好みだよね、と言う。そうかな、と返すと、そうだよと言いながら席を立って二杯目のお米を盛りつけて戻ってきた。
おじさんは意外とよく食べる。身体はたるんだりしておらず、むしろしっかりしている。太ったとときどきぼやくが、どこかが変わったようにはとっても見えない。髪を下ろしている今は少し幼く見えるくらいに、顔も若い。
仕事が忙しい証拠、なのかもしれない。そういえばおじさんの仕事、ってなんなのだろうか。
「ねえ、おじさん」
「ん?」
「……おじさん、お仕事なにしてるの?」
もりもりお米を食べて咀嚼、飲み込んで。
「国家公務員」
「公務員なの?」
「みたいなものかな」
みたいなもの、と言われて職業は結局わからずじまい。生活に支障はないから構わないのだけれど。おじさんが生活費ね、と渡してくれる金額はかなり多いし、足りなかったら言って、と言う。大体はそのまま月末に返すが。
よくよく考えたら謎が多いおじさん。ぼくより謎。
「ごちそうさまでした」
食器をシンクに運んで一緒に洗ってから、おじさんもぼくも着替え。今日はなんとなく離れたくなくて、制服を持っておじさんの部屋までついていった。
Tシャツを脱ぎ、うっすら筋肉のついた背中。触ると温かい。
「どうしたの」
急に頬を寄せたから驚いたらしく、振り返ってぼくを見る。
「なんでもない。ただ気分」
「そう?」
「うん」
気が済んだら離れて、ぼくも着替える。おじさんのとぼくの、寝間着を回収して洗濯。洗濯機を回している間に、おじさんは身支度を終えた。髪を整えてスーツを着た男前。手触りの良い茶色のコートを羽織り、玄関で靴を履いて振り返った。
「行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
「右京も気を付けて学校に行くんだよ」
「わかった」
かばんを手にして出て行く。それを見送り、洗濯を干した。おじさんがいなくなった部屋は少し静かになった気がする。
昨日の夜に終わらせておいた課題をもう一度確認、揃えて準備完了。
「行ってきます」
おじさんの匂いがする部屋に向かって呟いた。
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