ウキョウ、脅される
「いずもとくーん、ちょっと話があるんだけど」
廊下でいきなり肩を掴まれ、じわりと伝わった体温に顔をしかめて振り払う。声と手の主は知らない顔をしていた。にやにや笑う、いかにも頭の弱そうな生徒。
勉強至上主義であるこの学校に何故か入ってきてしまった、一学年に十人はいる不思議な存在の一人だろう。周りにその希少なお友達を数人引き連れている。
黙っていると、笑いが深まった。
「ここで話してもいいけどさー、出元くん、いいの?」
「別に。話せば?」
乾いた声、冷たい視線、無表情。
それにさすがの彼らも引いたらしい。表情が強ばる。
「ほんとにいいのかよ?」
「いいよ、別に。隠すことなんかないし」
「この写真見てもそう言えるわけ?」
突き出されたスマートフォン。画面にはおじさんとしっかり手を繋いでいる姿が映っている。初めて見た自分の顔に驚いた。こんな嬉しそうな顔を、しているのか。
そして、写真で見てもおじさんはかっこよすぎる。というかこの写真がほしい。
食い入るように見つめているのを勘違いしたか、にやにや笑いが復活した。
「この写真、ばらまいてやろうか。色んな会社とか省庁のお偉いさんが親父とかなんとかばっかのここだったらすぐ特定されるぜ。このおっさんもお前も困るんじゃねえの?」
学校で、ではなく、インターネットで拡散したほうがいいのではないか。溜息が出る。
「もしかして、それ、脅してる?」
「金出せよ。そしたら黙っててやるから」
下らなすぎる。
こんな写真一枚で恐喝とは。性行為真っ最中だとかラブホテルから出てきたところだとかならまだしも真っ昼間の超健全写真。仲の良い兄弟か親子、親戚とでも言えば通るレベル。そう言われたら赤っ恥ではないか。
「……バカはいいね。生きてて楽しいでしょ」
「は?」
「親から勝手に期待されて潰されて見放されて……って、君らはそういうことのなさそうなボンボンって感じだもんね。本気出せばできる。会社を継げばいい。そんなふうに言われてきたんでしょ。いいよね、楽しそうで」
「な……」
「人のこと詮索してる暇があったらさ、もっと賢く生きたら? このままだと間抜けだって指さされて笑われて終わりだよ。まあぼくにはどうでもいいんだけど。写真ってこれで撮っただけ? そうなんだ」
ぱっと取り、写真を自分のアドレスへ送信してから窓の外へ放り投げる。綺麗な放物線を描き、庭にある噴水へ着水した。
「あれ、水に落とすとだめな機種だったよね。人間と同じだね。沈んだらおわり」
振り返り、微笑む右京。その目は笑っていない。
危険に敏感な彼らは最初の目的も忘れてただ逃げ出した。
たくさん話して疲れた右京は、ずるりずるりと廊下を歩く。なんだかむしょうにおじさんに会いたい。素でいられる大切な人の腕の中が一番だと、しみじみ感じた。
「ウキョウ、今日、なんかいいことあった?」
「ないよ」
「そう?」
「うん」
お風呂上りのおじさんに寄り添うウキョウ。その横顔はいつもより機嫌が良さそうだ。
やがてウキョウがじぃっと見つめてきた。その目には見覚えがある。
「おじさん」
「なに?」
「……ベッド行こ?」
「珍しいね、ウキョウがそうやってはっきり言うの」
「今日はすごく触りたい気分。だめ?」
「もちろんいいよ。おいで」
腕に抱き締められ、額に唇が触れる。いつもおじさんはお風呂上りにしか触れてこないから、石鹸の優しい匂いはすっかりいやらしいものとしてインプットされてしまったようだ。
首筋に鼻先を擦り付けるだけで、高まる。清潔な香りが媚薬。様子見に軽くかぷりと噛み付くといい弾力があって余計に興奮した。がぶがぶ本気で噛んでも、背中を撫でられるだけで怒られたりしない。
離れて顔を見れば、同じように欲情した目があった。
「行こうか」
差し出された手を取る。
やっと見つけた好きな人。安心できる優しいやさしいおじさん。
「おじさん」
「ん?」
「……すき、だよ」
「うん。ありがとう。俺もウキョウがとっても好きだよ」
おじさんは魅力的な顔をする。今、待受画面になっているあの写真と同じ笑顔だ。
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