Episode.01

人間は予想以上の、自分の範疇を越えたことに対して、脳は一瞬止まるんだと、実感した瞬間だった。



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 澄みきった青色の秋空。紅葉も綺麗に染まり、青と赤のコントラスト、そして、煙草の煙の、白。

 俺は友人から呼び出され、喫煙所に二人、ベンチに腰掛けながら煙草をふかす。煙は漂いながら空へと溶けていく。それをぼんやりと眺めながら、横に座る友人に声をかける。

「なんかあった?」

 まあ、呼び出されたんだから何かあるんだろうけど。
 そいつは背筋をぐっと伸ばして首を回す。

「言い忘れてたんだけどさ」
「うん?」

 友人――桜沢遥は男の俺から見てもカッコイイやつだと思う。
 顔はもちろんだけど、性格も明るいし人当たりもいい。運動もやっているから筋肉もあるし背もそこそこある。
 だからというわけではないけど、『難点』というのもあるんだが……。
 そんな遥は一伸びして飴を口に頬張りながら、俺の顔を見て話し始めた。
 それも、ここ最近見ていなかった満面の笑みで。

「彼女が出来たから」
「ああ、そう。お前に彼女……て、は? なに?」
「だから、彼女」 目を見開く自分に気付いたけれど、どうすることも出来ず。ただ呆然と友人を見つめていた。

「そんなに見られても困るんだけど」

 遥も俺の反応を分かっていただろうが、困ったように笑うしかないらしい。

「いつから」
「五日前くらいからかな」
「まじか」
「うん、彼女がOKしてくれたから」
「遥からいったのか?」
「うん」
「前の子は」
「別れた」
「いつ」
「んー……二ヶ月前くらい?」
「その間……誰もいなかったのか」
「そうだよ」
「なんで」
「なんでって、彼女がなかなかOKしてくれなくて。二ヶ月かかっただけだよ」

 遥は俺の質問にさらさらと答え、また新しい飴に手を伸ばす。
 俺は盛大なため息をつき、青い空を見つめた。

「ついに遥にも『彼女』ができたか」

 俺は感慨深げに呟き、ベンチの背もたれに身体を預ける。煙草はチリチリと灰になっていくばかり。

「今までちゃんとお付き合いしてきた子たちがいるじゃない」

 遥は心外だというように、嘘臭く驚いた表情を見せる。
 俺はげんなりとしながら友人を諫めた。

「……お前の場合は『お付き合い』はしてても『彼女』がいるとは言えない付き合い方だったけどな」

 遥の難点――というか欠点は『女関係』というやつだ。
 遥の容姿と性格で言い寄ってくる女は山ほどいる。そして遥の性格上『来る者拒まず、去る者追わず』の考えで、ついでに飽きっぽい性格だから質が悪い。
 俺が知る限り、女の影が絶えたことがなかったから――女の方が放っておかなかったんだろう――二ヶ月もいなかったことに素直に驚いてしまった。
 なにより、こんな友人に『彼女』が出来たというのだ。
 世も末だとぼやきなから煙草の煙を吹かす俺に、「そんな付き合い方してたかなあ?」と、遥はクツクツと笑い、漂う煙草の煙を見つめていた。

「そんで、お前が惚れたって子は? どんな子なんだ?」

 そうとなれば遥の『彼女』が気にならないわけがない。この男が惚れたという女の子が気になっても仕方がないことだと思う。

「もうすぐ来るよ」
「なに?」
「大学の子だし」
「いや、だって……お前、大学には『彼女』いらないって」

 遥がよく言っていたのが、同じ敷地内には彼女はいらないということだった。追々イロイロと面倒だからとかなんとか。

「遥、前にそんなこと言ってなかった?」「言ってたけど。でもほら、会えるなら毎日逢いたいじゃん?」

 俺は肩をガクリと落とし、そっか、と力なく呟くしかなかった。それとなく新しい煙草に手を伸ばして、あることに気付く。

「遥、煙草は?」
「やめた」
「え?」
「彼女がやめた方がいいって言ったからさ。というか取られた」

 取られたと言う割には楽しそうに笑う。ヘビーではなかったが一日一箱は吸っていたから、そんな人間が煙草をやめたとは……。

「だから飴?」
「うん、渡された」

 遥は手にしていたドロップ缶をカラカラと揺らす。
 俺は何度目かもわからないため息をついて呟く。

「ぞっこんなのね」
「うん。それに可愛いよ」
「もうなんだっていいさ」

 俺の嘆きは青い空へと消えていった。



 そして。
 いざ俺の目の前に現れた彼女、天原さんは、遥が言うとおり可愛いというかキレイというか。こんな子うちの大学にいたのかっていうくらい、キレイだった。
 遥が天原さんを見つめる瞳はとても優しくて、見ている俺が恥ずかしくなる。
 天原さんは俺にぺこりと頭を下げて、遥をちらりと伺い見る。その姿は、雛鳥が親鳥を慕う姿にも見えた。
 そんな二人が可愛くて、俺は笑いながら、それこそ遥の親になった気分で天原さんに頭を下げた。


『遥を末永く宜しくお願いします』


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