Lesson.04

君と一緒に過ごす時間は、本当に楽しくて。
いつも幸せな気持ちになるんだ。
昔の僕には想像も出来なかったこと。



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 夏の夜は空気の濃度はより濃くなり、蒸し返すような暑さと湿度、そして草木の匂いをより強く感じる。
 星の輝く夏の夜、僕は空を見上げながら歩みを進める。右手には団扇を持ち、左手では隣を歩く月子の細く白い手を握りしめる。

「歩くの早い?」
「大丈夫、ありがとう」

 ほんわりと笑う月子に僕も笑顔で返す。
 月子は紺地の生地に牡丹の柄が入った浴衣を着て、結い上げた髪には淡く光るガラス玉が付いた簪を差している。歩く度にカラカラと鳴る下駄の音が小気味良い。

 今日は月子の地元で行われている夏祭りに来ている。そして、今日の夏祭りは月子から誘ってくれたものだった。
 月子が行きたいというところには行ってあげたいし、何より月子と同じものを見て、同じように感じたかった。というか、僕はただ月子と一緒にいたいだけなんだけど。
 だから、月子から初めて誘ってくれたことに僕は素直に嬉しくて、子供のようにはしゃいでいた気がする。そして今、僕は月子と並んで出店が軒を連ねている沿道を歩いている。御輿や山車が車道を練り歩き、提灯がゆらゆらと揺れて夕闇に美しく映えていた。
 きょろきょろと辺りを見回していると隣からクスクスと笑い声が聞こえた。

「……笑わないでくれるかな」
「ごめんごめん」

 月子は僕を見上げていたずらっぽく笑った。

「楽しい?」
「そんなに楽しそうに見える?」
「うん」

 そんなに顔に出てたかな、と一人考えながら少し恥ずかしくなった。隠すように手で顔を覆うと、月子は僕の顔をのぞき込んできた。きらりと光る簪のガラス玉は月子の瞳のように輝く。

「なんで隠すの?」
「……月子のイジワル」

 表情をコロコロと変えながら笑う月子を横目で見て、僕は困ったような恥ずかしいような、そんな笑いを浮かべて開き直るしかなかった。

「だってお祭りって久しぶりだし」

 僕は出店や御輿、過ぎ行く人たちを眺めながら呟いた。

「そうなの?」

 月子は驚いたように僕を見つめる。
 だって彼女とお祭りに来たのはいつ以来だろう。行きたいという彼女たちを宥めて、なんとか行かずに済ましていたのを思い出す。
 蒸し暑さと人混みのところには、なるべくなら行かないにこしたことはないし。
 ただ、今回は違う。
 くるりと視線を巡らせて、きょとんとする月子を見つめる。

「お祭りって楽しかったんだね。それに月子のお母さんにも会えたし」
「……それを言われると恥ずかしいです」

 肩をすぼめて、どんどん小さくなる月子の声に笑いながら言葉を続ける。

「気にしなくていいよ、それに浴衣まで着せてもらっちゃったんだから」

 ほら、と袖を掴んで浴衣を広げて見せた。



 月子の家は緑が多く茂る街に溶けこむるように佇んでいて、そこは柔らかく温かい時間が流れていた。
 そして家の前では、月子とよく似た瞳を持つお母さんが出迎えてくれた。どうしても僕に会いたいと駄々をこねる母親に心底困った様子の月子を見て、月子の家にお邪魔することにしたからだ。
 僕はありとあらゆるもてなしを受け、月子の兄弟ことや小さい頃のこと、たくさんのこと教えてもらい、そして最後には浴衣の着付けまでしてもらってしまった。
 月子はというと、そんな母親の歓迎ぶりに恥ずかしそうにしている姿がおかしくて、僕は笑いをこらえることが出来なかった。



「遥?」

 僕が黙り込んだのが不安だったのだろう、眉をハの字にして心配そうに見つめる月子の顔があった。

「なんでもない。いろいろと考えてたから」

 団扇でパタパタと扇ぎながら、月子を優しく見つめる。

「月子は、僕にとって特別なんだなって」
「え?」

 月子の顔を見ると、不思議そうに僕を見つめていた。僕はにっこりと笑って、夜の空に浮かぶ月を見つけた。今日は満月だ。

「だから、月子がいないと僕はダメだってこと」

 苦手な人混みも、蒸し暑さも、こうやって隣に月子がいてくれれば、すべてが今までとは違うものに思えてくる。
 祭囃子の笛と太鼓の音色、神輿の掛け声と熱気、喝采、夏の夜に映える提灯のゆらめき。
 月子の右手をきゅっと握りしめて、月子といるこの時間を楽しもうと思った。
 夏祭りは始まったばかりだから。

「――かき氷食べたいかも」
「わたしはたこ焼きも食べたいな」
「『も』?」
「食べたいものは食べたいんです」

 二人顔を見合せてクスリと笑う。
 まずは何から食べようか。香ばしい匂いにつられるように、前方に見えるたこ焼き屋さんに足を向けた。
 君が僕に与えてくれるものは、本当に宝物のように大切にしたい。
 満月に、誓った。


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