Episode.03 -side.H-

 哲達を店の前で見送り、僕は未だに手を振る月子に声をかけた。

「僕達はどうする? まだ時間あるならゲーセンで遊んでいく?」
「えっと、今何時かわかる?」
「九時過ぎくらいかな。結構ギリギリ?」
「まだ大丈夫。十時くらいに出れば」

 月子は携帯をバッグにしまい、ふわりと笑って「行こう」と僕の手を引っ張った。月子の、ほんのりと血色のよくなった頬や唇は本当に色っぽくて扇情的だった。少し潤んだ瞳とか、いつも以上にのんびりとした――舌足らずともいうのかな――おっとりとしたしゃべりとか、全てにおいて僕を刺激する。チリチリと胸を焦がす痛みというか、締め付けられるような焦燥感というか。モヤモヤとした感情の所在には思い当たるところがある。
 すれ違う男共の視線や僕に向ける女の子達の視線。全てが煩わしくて面倒で、月子と二人、誰もいないところへ行きたい。月子を閉じ込めて、僕だけの月子にしたい。
 ――少なからず、僕もお酒の影響だとわかっているけれど、それでもこの思いは僕の奥底にしまい込んだ浅ましい感情だ。
 もしかしたら、男として、というか好きな女の子を前にしていたら当たり前の感情なのかもしれない。けれど、月子に怖い思いをさせたくはないし、何より嫌われたくはない。自分の保身のためだと分かっているから、この感情を押し殺してるのは自覚している。
 ただ……この感情を、熱情を押し殺すのもそろそろ限界に近いかもしれない。もっと月子といたいし、抱きしめたいし、キスもしたい。そして――。

「月子」
「なあに?」

 隣を歩く月子は、いつもと変わらず僕に笑いかけて、真っ直ぐに僕を見つめている。――息苦しくなるぐらいに、胸を締め付けられる。
 月子が愛おしくてたまらない。

「……遥? どうしたの? 大丈夫?」

 何も言わない僕を不思議に思ったのか、少し不安げに僕の名を呼んだ。月子の白く細い指が僕の頬に触れた時、僕はその手を取ってぎゅっと握り締めた。

「月子、今度僕の部屋に泊まりにおいで」

 僕の言葉にきょとんとする月子は、瞬きも忘れて僕の顔を見つめていた。フリーズしてるだろう月子に、僕は出来る限り優しく、紳士に、だけど切羽詰まった思いを滲ませながら、笑った。

「本当は、今日も帰って欲しくないんだ。ずっと一緒に月子といたい。触れていたい」

 握り締めた月子の手の甲にキスをおとす。ピクリと震えた手を優しく包み込む。
 僕の言葉を理解したのか、月子の顔は今まで見たことないくらい真っ赤になって俯いてしまった。唯一見える耳も赤く染まり、僕はそんな月子が可愛くて愛おしくて仕方がなかった。

「だから、考えておいてね? ――よし、じゃあゲーセンに行って時間まで遊ぼう」

 僕は緊張しきっている月子の手を引いて歩き出した。
 一瞬吹いた強い風は、気持ちを落ち着かせるには気持ちいい風だった。目を閉じて深呼吸をすると、自分でも気付かなかったけれど、強張っていたらしい肩の力も抜けたようだった。

「――遥」

 微かに聞こえた月子の声に、僕は立ち止まって月子を見た。未だ赤く染まる耳をツンツンといじった。パッと顔を上げる月子に、僕は笑ってしまった。

「月子、顔まだ真っ赤」
「だ、誰のせいでっ」
「僕だよね」
「――そうです」
「ごめんね?」
「遥は、悪くないよ。うん、でも、あの、泊まるのは、もうちょっと待って、下さい……急な話で、あの……」

 視線をさまよわせながら、それでも一生懸命に伝えようとする月子の言葉に、僕はぎゅっと手を握り直して歩き出した。

「僕はいつでも大丈夫だから。楽しみに待ってる」
「遥、何かちょっとイジワル……」

 楽しみというより、ずっと一緒に居られる嬉しさの方が強いけど、楽しみには変わらないから。
 ちょっと意地悪だったかもしれないけれど、僕は月子の返事をそこそこ首を長くして待つことにした。待てればの話だけど、ね。


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