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 背は僕よりも高く、もしかしたら180センチ後半はあるかもしれない。ピンストライプの黒のスーツに開襟の白シャツ、腕時計、ベルト、革靴とすべてブランド物と思われる品を身につけ、嫌味なほどスタイリッシュに着こなしている。何より、僕を見るその視線は訝しみ、見下しているかのように冷ややかだ。
 僕は敢えてその視線を無視して、万人受けするだろう笑顔を向ける。ただ、目は笑っていないだろうけれど。

「初めまして。桜沢遥です」
「桜沢? ――ああ、お前が」
「千鳥くん、遥のこと知ってるの?」
「母さんから聞いたよ――月子が彼氏を連れてきたって、ね」

 今度はあからさまに嫌悪感を示し、僕を上から下まで一瞥した。フッと笑った目の前の男――おそらく月子のお兄さんだろう――は、僕に興味をなくしたのか月子に向き直る。その目は慈しみを含み、優しく見つめていた。

「じゃあそろそろ行かないと」
「あ、うん。ありがと、千鳥くん。お母さんにも言っておくから」
「頼むね。――じゃあ、桜沢くんも。いずれまた、ゆっくりと」

 そして視線を僕に移すと、おそらく営業スマイルというやつだろう、爽やかな笑顔を向ける。ただ、やっぱりというか、目の奥は冷ややかなままだった。

「はい、またお邪魔させて頂きます」

 僕は軽く頭を下げて、相手を真正面から見据えた。男は可笑しそうに口角を上げて、ひらひらと手を振りながら俺たちに背を向けて歩いていった。

「……ごめんね、遥。千鳥くんあんな態度で……」
「どうして月子が謝るの? 別に気にしてないよ」
「いつもはあんな感じじゃないんだけど」
「今のお兄さんでしょう? 仕方ないよ。どこの誰かもわからない男が、大事な妹の彼氏なんだから」

 僕は月子の手を取ってギュッと握りしめると、俯いていた月子はゆっくりと顔を上げた。不安げに眉をひそめる月子に笑いかける。

「でも僕には強い味方がいるからね。月子と、月子のお母さん」

 イタズラっぽく笑う僕を見て、月子は目をしばたたかせるけれど、しばらくしてはにかみながら笑った。

「――そうだね、お母さんは遥のこと好きだし」
「それに月子もいるんだから。大丈夫でしょ?」
「うん、大丈夫。千鳥くんたちに意地悪されたら言ってね? お母さんと反撃するから」

 僕と月子は顔を見合わせて笑った。
 一癖も二癖もあるだろう月子のお兄さんたちに立ち向かうのかと思うと、ほんの少しだけため息が洩れるけれど――隣には月子がいてくれる。それだけで僕は十分だ。

「それにしても遥がいるなんて思わなかったな。三限講義あったでしょう? ちゃんと出ないとダメだよ」
「ごめん、次は気をつけるよ。今日は昼ご飯を――」
「遥? どうしたの?」

 月子はクスクスと笑っていたけれど、僕が不意に立ち止まると、月子は不思議そうに僕を見上げた。
 そうだ――忘れてた。

「哲と昼ご飯食べに出てきたんだ……」
「哲くん? いないけど」
「あそこの交差点で置いてきた。月子見つけて、慌ててたからなあ」

 振り返って見るも、勿論哲の姿はなかった。代わりに、さっきから異様に振るえている携帯電話の存在に気づいた。

「月子、まだご飯食べてないなら一緒に来る? 哲もいるし」
「わたしもまだだけど……哲くんもうご飯食べちゃったんじゃない?」
「哲の、バカでいいところは友人思いのところなんだよ」
「……それ褒めてるの?」

 僕はその問いには答えないで、月子に笑い返した。
 多分、哲は昼ご飯を食べずに待っていると思う。律儀ではあるけれど、本当は僕に奢らせるために。
 とりあえず哲に連絡を入れると、ワンコールで電話に出た。グダグダ言われるかと思ったら、「月ちゃんは取り返したのか」とか「相手はどんな奴だった」とか「早く来い、腹減った」とか、哲のバカで律儀で友人思いっぷりに笑った。

「とりあえず月子側のガードはラスボス並みにキツいかな」

 ただ、そんなことで負けられないし、引くわけもない。次会うときはどんな攻防になるんだろうか。

「まあ頑張るしかないかな」

 僕はため息混じりに独りごちながら、月子の手を握りしめた。


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