I say.

「ねえねえ」

 特に何をしているわけでもない可南子は、俺の隣に座って袖を引っ張りコレコレと指差す。

「なに」
「コレナニ?」

 彼女はバカ寄りの天然なんだが、その要因は会話の中で使う言葉数が圧倒的に足りないところにある。今も、コレがなんだが分からないし、ナニがなんだかわからない。つまり無駄な会話が一つ入ってしまう。

「コレは何を指して、何を知りたいんだ」

 俺の冷ややかな視線に気づきもしない可南子は首を傾げ、だからコレ、と指し示す。その指の先を見ると、一つの言葉があった。

「『とこしえ』って何?」
「――は?」
「だから『とこしえ』!」

 頬を膨らませ、指でトントンとその文字を指し示す。俺は彼女の一連の動作を確認し、ため息をつく。天然という表現は、本物の天然の人に申し訳ない。やっぱりバカなのかもしれない、こいつ。

「お前の目の前にあるそれはなんだ? 電子辞書だろう? それで調べてみろ」

 ほらと渡した電子辞書を受け取り、「そっか、そうだよね」と頷いて電子辞書を開いた。そして黙々と言葉の意味を調べる彼女の瞳は真剣で、俺はそれを黙って見守った。
 画面を食い入るように見つめ、一人色々と考えているのだろう。表情を様々に変え、ぶつぶつと呟く声は呪詛のようだ。
 しばらくすると、可南子は顔を上げてニヤニヤと笑う。怪しい。

「なに、わかったの」

 可南子は何度も頷き、どこか恍惚とした表情でもう一度電子辞書を覗き込む。

「カッコいいね」
「俺が?」
「それは知ってるからいいの!」

 ……そうはっきり言われるとこちらとしても反応に困るんだが。こいつが気づくことはまずないだろうが、俺は至って普通を装いながら会話を続ける。少し、のどが詰まる感じがするのは仕方ないだろう。

「じゃあなにがカッコいいの」
「『とこしえ』って永遠とか永久とか、そんな意味なんだね。それがカッコいい」

 うっとりと字面を追われても、正直俺にはその格好良さがわからない。多分、大多数の人はわからないと思うから、代表してそれを伝えることにする。

「俺にはさっぱりそのカッコよさがわからん」
「そう? だってさあ、結婚式で神父様に永遠の愛って言われるよりとこしえの愛って言ってくれた方が、愛が深い感じしない?」

 そんな目をキラキラさせて言われても俺にはよくわからないが、そこまでいうならそうなのだろう。俺は少しだけ考えたフリをして、可南子の耳元で囁いてみた。

「じゃあ俺らの結婚式ではそうしてもらおうか?」

 一瞬にして顔を真っ赤にさせた彼女の反応を見て、俺は肩を揺らして笑い、ポンポンと軽く頭をたたいた。

「――まあ、その時になったら考えればいいけどね」
「……じゃあ」

 俯きながらぼそぼそと呟く可南子の声に耳をそばだてる。

「なに」
「今、言って?」
「……なんで」
「今でも結婚式でも変わらなくない?」

 さすがに変わるだろう。
 口に出しはしないけど、そればかりは変わると思う。ただ、そんな正論を言ったところで、可南子は考えを変えることをしない。
 俺は呆れつつも、ただ、少しだけ幸せな気分であることも事実だったりする。そんなこと、口が裂けても彼女には言わない。図に乗るからだ。

「結婚式ではなしになるよ」
「なんでー」

 俺の言葉に可南子はぶすっと頬を膨らませた。よくここまで膨らむものだと思いながら、その柔らかな頬を両手で挟み意地悪く笑った。

「安売りはしたくないんだよね」
「じゃあいくらならいいの?」

 間を置かずに返ってきた言葉に、俺は眉をハの字にして笑うしかなかった。

「……もういいよ、なんでもない」
「あ、わかった! プライスレスでしょ?」

 未だわーわー騒ぐ彼女の口を塞ぎ、静かになったところでゆっくりと唇を離した。そして溜め息混じりに可南子の耳元で囁いた。

「とこしえの愛を誓うよ」

 俺も十分バカだな。
 そんなことを思いながら、これ以上ないくらい幸せそうに笑う可南子に、もう一度口付けた。


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確かに恋だった
『君に、捧ぐ(とこしえの愛を、)』


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