ひとときの温もり

「秋は好き。だって実りの季節だから」

 そう言って、おいしそうにスープを呑みながら饒舌に語るやつがいた。何度もおかわりを申し出ては、それはそれはおいしそうに呑み干した。
 のどを潤す、砂漠で見つけたオアシスの水を呑むかのように。

「みんなが口々に言うんだ、『旅立つ前は、必ずココへ立ち寄ってから行くべきだ』って。どんなに満腹でも、匂いを嗅いだだけですぐにお腹が空くんだ。そして、サラサラとのどを通って、胃に染み渡って、そこから体中に広がって。温かくなって幸せになる。今、その気持ちがわかったんだ」

 ボクの目の前に座っているやつは、そんなことを恥ずかしげもなく話している。一つの机に二つの椅子。ボクとやつ。二人だけの空間に存在するのはスープの香り。
 最後の一滴まで呑み干して、正確には皿を舐めまわしながら、呑み終えたスープの皿を名残惜しそうに眺めていた。その顔は今にも泣き出しそうなのに、どこか笑っている……ようにも見えた。
 ――ボクだけそう思えただけなのかもしれないけれど。

「僕はとても幸せ者だよ。だって、こんなにおいしいスープを呑むことができたんだもの」

 その言葉たちは、どこか憂いを含んでいる。やつはやっと、スープに別れを告げたのだろう、顔を上げてボクを見た。未だにやつは、あの言葉にするには難しい顔のままだった。

「君はいつまでココにいるんだい? いつまで僕のような者にスープを出し続けてくれるんだい?」

 ボクに語りかけているのだろう。けれど、ボクに答えを求められても困る。
だって。それはボク自身もわからないことだから。
 ボクの反応がないことに痺れを切らしたのか、それともそれにさえ気付いていないのか。やつは独り言のように続けた。

「僕たちは贅沢者だ。君の幸せを奪うことで、僕たちの身体は満たされる。なんて理不尽なことだろう」

 やつの顔をまじまじと見つめる。そしてボクはゆっくりと瞼を落とし、闇に身を潜める。わかっている。次の瞬間には、もうやつがいないということを。ボクの瞳にはもう、やつの姿が映らないということを。
 ボクは知っている。
 目を開くと、先ほどまで目の前にいたやつはもういなかった。そこにはキレイに呑み干されたスープの皿と、置き土産だというかのように、やつの羽が一枚舞っていた。
 はらりはらりと、揺れ舞い落ちてくる羽を見ていると不思議な感覚になる。

 あのどこまでも続く翠の草原と、どこまでも広がる白い雲と、それを覆いつくすほどの碧い空と。そして、草原を彩る桃色の秋桜の花。

 やつが置いていった桃色の羽が、主を失ったかのように佇む椅子に舞い落ちたとき、ボクは思う。ボクは、やつが思っているほど不幸ではない……と思う。
 ただ、今見たモノがボクの記憶の欠片であるのならば、そこに行ってみたいと思うだけ。
 だから、ボクは不幸ではない。

 今のボクには、祈ることしかできない。みんなが迷わず、歩み続けることができるように。そして、他人の幸せを奪うことで、他人に幸せを分け与えているということに対する、懺悔と共に。
 祈りと、懺悔を請うことしかできないボクに少しだけ訪れた休息。次はどんなやつが来るのだろうか。そんなことを思いながら、ボクはあの草原の秋桜の花をもう一度見てみたいと思い、目を閉じた。


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