未来への選択

 本当に偶然、地元の駅前にあるファストフード店で三好に会った。お互い地元の高校に進学したにも関わらず、中学を卒業してから今まで一度も会わなかったから本当に驚いた。中学校生活の三年間、学校にいるときは毎日顔を合わせていたのが懐かしい。
 俺に気づいていない三好は一人、参考書を開いて勉強していた。その姿は中学の頃と何にも変わっていなくて、俺はなんだか嬉しくなった。だから俺も、中学時代と同じように声をかける。

「三好、久しぶりー」
「――宮野?」
「そう、宮野です。覚えててくれて良かったー」

 俺が声をかけると、三好はゆっくりと顔を上げて「誰だ」と言わんばかりに眉間に皺を寄せていた。それが俺だとわかると、今度は逆に目を見開いて固まっていた。ただそれもほんの少しの時間で、目を細めて俺の顔をまじまじと見つめていたと思うと、大きく息を吐いて頬杖をついた。

「忘れたくても忘れられないでしょう?」
「なに、三好は俺のこと忘れたかったの?」
「……ばーか、言葉の文だよ」

 三好が笑った瞬間、さっきまでの殺伐とした空気がなくなって、三好の笑顔をみたいにふわりとした空気が流れる。

「本当に久しぶりだね、宮野」
「中学の卒業式以来かな?」
「そう、だね。三年ぶり。相変わらずちゃらんぽらんな感じだね」
「三好も真面目一本って感じ。――ここ座ってもいい?」
「いいよ」

 俺は三好が座る向かいの席を指さして腰を下ろすと、ぐっと身を乗り出して三好の顔を覗き込んだ。少しだけ身体を引いた三好は、眉間に皺を寄せて俺を訝しそうに見つめてくる。

「――なに?」
「いや? 三年も経つのに変わってないなあと思って」
「大丈夫、宮野も変わってないから」
「男前になってない?」
「どのあたりが?」

 三好は呆れたとばかりにため息をつくも、ちょっと笑って視線を参考書に戻した。
 中学では三年間同じクラスで、しかも苗字が「宮野」と「三好」だから、四月の席はいつも隣同士だった。いつもたわいもない話をして、たまに先生に怒られては俺のせいだと三好にも怒られた。
 あれから三年が経ち、俺らは高校三年になった。そしてまた人生の岐路に立たされた。中学の頃とは違う、今度は人生を左右するくらいの大事な選択だろう。

「大学行くの?」
「そう。宮野は行かないの?」
「行く。というか、もう推薦で決まったんだよね。勉強している人の前で言うのも申し訳ないけど」
「……宮野ってちゃっかり者だよね」
「あはは、よく言われる」
「でも、やることはちゃんとやってるんだから、推薦取れて当たり前だよ」
「そう言ってくれるのは三好くらいかなあ」
「そうなの? 宮野のことちゃんと見てればわかることなのにね」

 俺はどう反応したらいいのかわからなくて、なんとも言えない微妙な表情をしていたと思う。恥ずかしいようなむず痒いような照れくさいような、そんなこそばゆい感情がそんな表情をさせたんだと思う。

「宮野はちゃんとやってるよ、人のやらないことをさりげなくやれる人だって、わたしは知ってるから。中学の時だって、誰もやらない学級委員を『目立つから』とか言いながら引き受けたでしょ? あれってすごいことだと思うよ」
「――もう、それくらいにしてほしいな」
「なに、恥ずかしいの?」

 三好はくすくすと笑って、「友達ちゃんと選びなよ」とポンポンと肩を叩かれた。
 俺は、その肩を叩かれた感触と三好が思ってもいなかったことを話し出すから、絶対に言わないと決めていた言葉が、口から勝手にこぼれていた。――三年前、言わないと決めていた思いを。あの選択は良かったんだろうか? 今更ながら考えてしまう。

「三好は俺の友達?」
「――違うの?」
「俺は友達より上の関係でもいいんだけど」
「友人とか親友とかってわけじゃないよね?」
「うん。どちらかと言うと彼氏彼女っていう関係がいいかな」

 口をついて出てくる言葉は止まることなく、つらつらと言葉を紡いでいく。煮え切らない告白になってしまったと後悔するも仕方がない。対面に座る三好はただじっと、俺の顔を見つめていた。ほんの少しだけ潤んだ、ように見える瞳が綺麗で目が離せなかった。

「なんで今なのかなあ」
「すみません」
「それも煮え切らない告白だし」
「……ですよね」
「これが三年前なら――」

 三好はそこで言葉を切って微笑んだ。瞳はさっきよりも潤んでいて、涙がこぼれ落ちそうでだったから手を差し伸べた。

「その手を、今は取れないの」

 三好の言葉に俺はぴたりと手を止めた。その言葉の意味を自然と理解し、空しさをまとった手をゆっくりと自分の元へ戻した。

「今、わたしは宮野の手を取るわけにはいかないんだ」
「――そっか」
「ごめん」
「三好が謝る必要はないよ」
「そう、なんだけどさ」

 今度は三好が俺に向かって手を伸ばして、そっと頬に触れた。その指の温かさにひくりと喉が鳴る。

「宮野が、泣きそうだから」
「……三好だって、泣きそうだよ」

 二人顔を見合せて苦笑し、三好はゆっくりと俺の頬から手を離した。三好の指は細くて、俺が握りしめたら簡単に折れてしまいそうだった。じんわりと残る頬のぬくもりが切なく、愛おしい。

「わたしが、もう一人いればな」
「三好は一人だよ、二人もいらない」
「――そうだね」
「ごめんね、勉強の邪魔しちゃって。そろそろ帰るよ」
「そっか」

 俺は席から立ち上がってぐっと背筋を伸ばした。ぱきぱきとなる背骨が、強張っていた身体の緊張を解してくれた。ゆっくりと息を吐いて、身体からすべての空気を排出する。新たな一歩を踏み出すために。

「じゃあ、またね」
「宮野も元気でね」
「――三好」
「なに?」
「ありがとう。三好に会えてよかった」
「わたしも、宮野に会えてよかった」
「また会おう」
「うん、またね」

 俺は三好の顔を見つめ、その顔を目に焼き付ける。次会うときは今日みたいに笑えているだろうか。
 もう振り返ることはしない。三年前からの淡い恋心に別れを告げる。新たな一歩は、ほんの少しだけ、そう――自分でも気づかないくらいの小さな痛みを伴っていた。


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