2
紅茶を飲みながら、自然な流れで切り出してみた。
「ちー、今日どうしたの?」
「なにが?」
ちーは最後の一切れを頬張りながら首を傾げる。自分でも無意識だったのか、それともホットケーキを食べているうちに忘れたのか。どちらもありえそうだから怖い。
「なにがじゃなくて。今日ずっとピッタリくっ付いてたじゃん。金魚のフンみたいに」
「あ、あれですか。んー……」
急にしおらしくなったちーは、視線を落としもじもじとし始めた。
「どうしたのさ?」
「えっと……」
ちーは言い淀むと、徐に席を立ち俺の手を引いてソファーに座らせた。お互い向かい合わせで見つめ合い、なぜかちーはソファーの上で正座をする。
「……あの」
「なんでしょう?」
こんなにしょんぼりとするちーを今まで見たことがなくて、俺は驚きながらも次の言葉を待つことにした。
「今日、バレンタインじゃん?」
「そうだね、バレンタイ、…………え?」
「だから、バレンタインなの、今日」
反射的にリビングを見まわしカレンダーで日にちを確認すると、今日は日曜日、十四日。
「……ホントだ、忘れてた」
ちーに言われるまで忘れてましたよ。というか、今知りました。
「あたしも、今日アキの顔見るまで忘れてました……」
ちーは呟き、小さな身体はより小さくなる。
その姿を見て、俺はやっと理解した。そんなちーがかわいくて、自然と頬が緩む。
「チョコがないこと、気にしてたの?」
俺の言葉にコクリと頷き、「ごめんね」と呟いた。やっぱり今までの行動は、このことを気にしてのことだったらしい。
「気にしなくていいのに」
「します!」
キッと睨んでも、またしょんぼりと肩を落とす。ふわりと揺れる髪と、そこから見えたうなじから目が離せなかった。
「チョコはさ、後で買いに行けばいいだけだし。ね? チョコよりもさ」
ちーの両頬を挟み、ぐいっと顔を上げさせた。そして唇にちゅっと口付けてにっこりと笑う。ちーの唇にははちみつが付いていて、この上なく甘かった。
「チョコよりもちーのキスとぬくもりがいいな」
もう一度キスをして、ちーを抱きしめる。この感触と温かさに癒される。
ちーは腕の中で顔を赤くしてしどろもどろするものの、腕を払うわけでもなくただギュッと服を掴んでいた。
「お皿とか片付けてないよ」
「あとでいいよ」
「……チョコ、買いに行きたいな」
「また今度でいいから」
「………まだ、明るい、よ?」
「気付いたら暗くなってるし」
「………おばちゃん達帰ってくるよ?」
「大丈夫。空気読んでくれるさ」
「ばかあ……」
頬を赤くして俺を見つめる瞳は少し潤んでいて、青少年には十分すぎるキッカケになったのは言うまでもない。
「夕方には起き上がれるといいね?」
「疑問系にしないでくださいっ!」
今日のキスは、チョコよりも甘いハチミツの味。
[*]prev next[#]
index[0]