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「嬢ちゃん」
「今度は何だよ」
彼女は至極面倒だと言わんばかりに顔を上げた。するとゆっくりて自分に向かって投げられる物を確認し、反射的に右手で掴む。
掴んだものと男を交互に見比べて眉間に皺を寄せる。
「……ナニコレ」
「今流行なんだろ、逆チョコ」
彼女はしばらく言われたことを理解できず、そして今日の日付を思い出す。伏し目がちだった瞳はゆっくりと見開かれ、そこには様々な感情が伺える。
「――二月十四日」
「そうだけど」
「――忘れてた」
「だから、絶対嬢ちゃんは女子高生じゃねえって」
男はくるりときびすを返すと、ヒラヒラと手を振りながら公園の出口へと進んでいく。
「ちょ、兄ちゃん! 待てって!」
男の後ろ姿と手にした箱を交互に見つめ、慌てて後を追った。包装紙には有名なチョコレートメーカー名が印字されている。
「いつもストーカーさせてもらってる礼だ」
「そんな礼いらない」
「大人の好意だ。貰っておけ」
「何が大人だよ。子供なりに考えるところもあるんだよ」
押し問答はどちらも譲らず、気付けば互いに公園出口まで来ていた。
「兄ちゃん!」
「うるせえなあ」
男は苛立ちを隠さず、頭をかきむしりながら振り返り彼女と対峙する。困惑の色を隠せない彼女を見下ろした。
「一々気にすんなよ」
「気にするさ」
「じゃあ理由があればいいんだな」
「……理由?」
ほんの一瞬、気のゆるんだ彼女の後頭部を掴む。男はそのまま顔を上げさせ彼女のおでこにキスをする。彼女は抵抗する間もなく、ただ呆然と立ち竦む。
男はゆっくりと顔を離し、柔らかな笑みを浮かべる。初めて見るその表情に、彼女は目を離すことができないでいた。
「猛獣にキスした気分だな」
「じゃあ何でしたんだよ」
「さあ?」
先程の笑みとは違い、いつものように意地悪く笑う男はそのまま立ち去り、影は小さくなっていった。彼女は追いかけることなく、その場から動かなかった。正確には動けなかった。
「何なのさ」
呟いた言葉と共に、綺麗に包装された箱をを見つめる。丁寧に包装紙を剥がし、ゆっくりと箱を開けた。中には、美しくデコレーションされたチョコレートが並んでいた。
彼女はゆっくりとした動作で、一つチョコレートを取り出して頬張ってみた。
「甘……」
トロリと口の中で溶ける、甘く、ほんのりとリキュールの効いたチョコレート。彼女はもう一度箱を見つめ、そっと蓋を閉めた。自分の中で渦巻く複雑な、表現しがたい感情と共に。
そして夜空を見上げ、光り輝く月をただ静かに見つめていた。
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