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 授業が終わって今日は図書室に用がある、とみんなに告げると、何を勘違いしたのか、彼女たちはわたしの背中を叩きながら教室を後にしていった。その意味を感じ取りながら、わたしはため息をつくしかなかった。

「先輩っ」

 靴をはきかえてるところに声をかけられ、ビクッと身体を強ばらせてしまった。振り返るとひょっこり顔を出した尊がニコニコと笑って立っていた。

「……急に出てこないで」
「だってそうしないと先輩驚かないじゃん?」

 子供のように屈託なく笑う尊の笑顔は、たまにわたしの心に突き刺さる。純粋すぎるキラキラした心は、歪んだわたしの心には眩しすぎる。

「先輩大丈夫?」
「あ、うん、ありがとう。大丈夫」

 俯いたわたしが心配になったのか、尊は心配だと言わんばかりの表情で覗きこんできた。わたしはそのまっすぐな瞳にビックリして逸らすと、わたしはコツコツと正門に向かって歩き出した。その後ろを尊がぺたりぺたりと付いてくる。
 一定の距離を保ちながら二月の夜空の下を歩く。マフラーを靡かせて、ただ静かに白い息を吐く。

「ねえ先輩」
「……どうしたの?」
「先輩は誰かにチョコあげた?」

 わたしは立ち止まってゆっくりと振り返ると、少し眉毛を下げて困ったように笑う尊がいた。

「あげたよ」
「誰にっ!!」

 勢いよく目の前までやって来て、目を潤ませて縋る姿は本当に子犬のようだ。多分尻尾は垂れ下がっているのかな。わたしが少し噴き出して笑うと、より眉毛が垂れ下がって、今にも泣きそうに見えて可哀想に思えてきた。

「塁先輩……」
「友達」
「――え?」
「友達にあげて、みんなでお弁当の時のおやつで食べたの」

 ふふふっと笑ってきびすを返す。ローファーのカツカツというリズムにのって訊ねてみる。

「尊はチョコ貰ったでしょう?」
「貰ってないよ」
「嘘言わないの、昼休みに貰ってるの見たんだ、から」

 くんっ、とコートの袖を掴まれて振り向きながら尊を見上げた。さっきまで困った表情をしていたと思っていたら、今はふてくされていじけた表情となっている。

「みこ」
「貰ってないよ」

 一呼吸置いて、ぼそりと呟いた。

「先輩からは、貰ってない」
 
 わたしは目をパチパチしばたたかせて、まじまじと尊を見つめてしまった。居心地悪そうに頭を掻く尊は視線を落とす。

「みこ、チョコ欲しかったの?」
「欲しいです!」

 バッと顔を上げて縋ってくる姿を見て、わたしは耐えきれなくなり声を出して笑った。

「……笑わないでください」
「ごめん。でも尊が可愛くて」
「俺、男ですよ」

 うなだれる頭にコツンと袋を当てる。ちらりと見上げてくる尊の前にチラチラと袋を揺らして手渡した。

「これ、俺のっすか?」
「いらない?」
「いりますっ!」

 尻尾があれば勢い良く振ってるんだろうなあ、て思う。それだけ尊は嬉しそうに笑っていて、わたしも自然と笑みがこぼれる。

「先輩、一つ聞いていいっすか?」
「なに?」
「……いや、何でもないっす」

 尊は少し考えた後、フルフルと首を横に振りいつもの笑顔を向けた。

「ホワイトデー楽しみにしててくださいね」
「そうね、楽しみにしてるわ」

 尊に対して恋愛感情はないけれど、大切な友人の一人である。もしいつか、この思いが何らかの形に変わったら……わたしはどうするんだろう。

 いつか来るかもしれない日に、わたしは心が震えた。これは恐怖からなのか、それとも別の思いなのか、わたしにはわかりかねていた。


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