「祥夏《しょうか》ちゃん、これ」
学校帰りにいつもの通りに、東雲《しののめ》の部屋でゴロゴロしていれば、東雲は小さな紙袋を差し出してきた。
「なに?」
「今日、ホワイトデーだから。バレンタインのお返し」
「え、でも、いらねぇっつったじゃん」
オレの話を聞いてなかったのか、コイツは。まじまじと紙袋を眺めていれば、東雲はベッドの縁に腰を掛けた。寝転がるオレの頭を撫でて、笑みをこぼす。
「僕が渡したかったから。マシュマロとクッキーとキャンディの詰め合わせだよ」
「……なら、貰っとく。あんがと」
そんな顔をされたら、断れないじゃん。いや、貰えるものは貰っとく質だけど。受け取った紙袋を棚つきのヘッドボードに置けば、また頭を撫でてくる。
「どういたしまして。ねぇ、祥夏ちゃん」
東雲はオレを起こして抱きしめてきた。読んでいた分厚い無料通販雑誌が布団の上にずり落ちる。
「東雲?」
「好きだよ」
「知ってる」
何度も聞いてるし、キスもその先も何回もしている。打算的な考えではなくて、愛情から。少し逸脱しているところは、オレたちは男同士であり、オレが女装をしていることだろう。
「祥夏ちゃんの口から聞きたい」
「はっ?」
なにを言ってるんだ、コイツは。今日はホワイトデーだぞ。義理含めてチョコをあげた子にお返しを渡す日だよ。
「えーっと……?」
「祥夏ちゃんの口から聞きたい」
「なにを?」
いや、うん。問わなくても、解ってんだけどさ。
「とぼけなくてもいいよ。聞かなくても、解ってるよね」
耳元で囁かれる声に、躯が跳ねてしまう。やめてくれ。そんな声を出すのは。
「ん……っ」
「祥夏ちゃん」
「ちょ、たんま……。そんな声、出すなって……」
やべぇ。美声やっべぇ。いまさらだけど。東雲の声は心地好くて、こうして囁かれると落ちそうになる。
「祥夏ちゃん」
「わざと、」
また色っぽい声で名前を囁かれる。絶対にわざとだ。東雲を横目で見遣れば、少し肩を振るわせていた。
「赤くなってる。可愛い」
「可愛くない。誰の所為だ、誰の」
フイと顔を背ければ、「ごめんごめん」と謝られた。――まただ。またそうやってオレを落とすんだ。
東雲は笑いながら、「言えないなら、今度でいいよ」なんて言ってくる。本当は聞きたいのに、諦めているんだ。言えないのは、単純に恥ずかしいから。言い慣れてもいないから。言われ慣れてもいないけど。けど、それ以上に――。
「――東雲」
東雲の胸ぐらを掴んで、唇を塞ぐ。
「好き……。東雲が、好き……」
だから、恥を忍んでやってやる。顔が熱いのも、女装をしているのも全部東雲が好きだからで。東雲もオレを想ってくれているからこそ、できるのだ。
「祥夏、ちゃん……。うん。僕も好きだよ」
東雲は目を丸くさせたあと、唇を塞いできた。柔らかいそれはすぐに離れ、弧を描く。
「可愛い」
「……可愛くない。バカ野郎」
恥ずかしさに視線を逸らす。ヤバイって。心臓、破裂しそうだ。
もう一度抱きしめられ、今度は額に唇が落とされる。
「祥夏ちゃん」
「……バカ……野郎」
東雲はみたび囁いてから、唇を触れ合わせた。――大好きなんて、言わなくても解ってるからな!
end
12/3/6
Category:偽り彼女は甘い罠