- ナノ -


ウェディングフォト




 入籍を済ませた私たちは、結婚写真を撮るため、とある写真スタジオを訪れていた。


「ねぇー、まだ?」

 何度目か分からない着替えを終えたものの、彼の眉間にはシワが寄ったままだった。どうやらまだお気に召さないらしい。

「……やっぱり三番目のやつ、もう一回着て。あと五番目のやつも」
「えー……もうどれも同じだよー。全部白だしさぁ……」
「今着たやつはキープで」
「…………はーい」

 こうなってからの彼は頑固だ。私が少しくらいの不満を口にしたところで変わりはしない。私は小さくため息をついて、彼に背を向けカーテンの裏側へと向かう。……一体、あと何回着替えたら決まるんだろう。

 ドレスを着ることには多少の興味はあったが、ドレス自体にそこまでこだわりのなかった私は、彼の気持ちが分からなかった。ウェディングドレスなんか正直全部同じに見える。背の高くない自分には、マーメイドラインのドレスは似合わないだろうから、プリンセスラインかAラインのドレスにすればいいかな。と、せいぜいこの程度の拘りしかなかったので、当然ドレスはすんなり決まるものと思っていたし、予定ではもう今頃撮影まで全て終わっているはずだったのだ。担当のお姉さんも心なしか口元が引きつっているように見える。

 とりあえず、蛍の中では三択まで絞れたみたいだし、あと一息かな。一体何着着たんだろう。もう覚えてないや。それにしてもドレスって意外と重い。

 ふぅ、と息を吐き出すと、もう一度ドレスへと向かった。




 ようやくドレスが決まった。先程指定されたドレスから更に二着追加して、そこから絞り込むまで七〜八回は着替えたと思う。一生分のドレスを着た気分だ。

「これでいい?」
「…………うん」

 彼は少し難しい顔をして頷いた。

「えぇー……まだ何か気になってる? もう一回着替える?」
「いや…………似合ってる」

 ほんのりと頬をピンクに染めて、しかも噛み締めるように言われてしまった。

「そ……そう……? それはよかった……です……」

 なんだかこっちまで顔が熱くなってくる。ドレスを何回も着替えた時は正直もうどれでもいいとすら思ったが、彼のこんな顔を見てしまうと疲れなど吹き飛んでしまうから不思議だ。


 一方、私のドレスにはあれだけ拘っていたはずの蛍なのに、自分の衣装にはカケラも関心がなかったようで、私が何を薦めても「何でもいい」の一点張りだった。なので彼の衣装は五分で決まった。


「ではこちらへどうぞ」

 係のお姉さんの誘導で、衣装部屋からスタジオへと移動する。フワッフワのドレスの裾を持ち上げながら歩く。なんだか不思議だ。

「ふふふ、なんかお姫様になった気分」

 そう言いながらチラリと彼を見上げると、彼はいつも通りの優しい眼差しでこちらを見つめた。

「ドレスにつまづかないようにね、お姫様」

 そう言って、彼は大きな手で私の頭を撫でた。



***



「新郎様、もう少し笑顔でいきましょう」

 カメラマンから何度目かのダメ出しをされ、彼は隣でため息をついた。

「蛍、新郎様は蛍のことだよ。私は新婦――」
「分かってるよ。……っていうか、僕の顔なんかどうだっていいじゃん……」

 まだ数枚撮っただけなのに、蛍は辟易したように言った。

「ダメだよ。二人の写真なんだから。あのね、玄関に飾るからね」
「はぁ!? なんで!」
「だって記念だもん。あのね、引っ越したら玄関に棚を作って、たくさん写真飾りたいの。だから記念すべき一枚目だからね、頑張って」

 彼は心底嫌そうな顔をして、再び大きなため息をついた。

「帰りにケーキ食べて帰りたい」
「いいですよ。よし、じゃああと少しだよ。頑張ってね、旦那様」
「分かったよ、お姫様」

 そう言って、彼は諦めたようにカメラへ向かった。相変わらず無表情のようだが、カメラマンはもう諦めたらしい。


 さて、写真選びはすんなりいくのだろうか。またドレス選びの時のように彼の拘りが炸裂するのだろうか。……でも、いくら時間がかかったとしても、さっきみたいな彼の顔が見られるならそれもいいと思った。

「ケーキ何にしようかな。蛍は何にする?」
「写真に集中してくれる?」
「……はーい」



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