C級、B級、A級、S級。
この『ボーダー』という組織の中では、全ての隊員がランク分けされている。当然、ボーダー隊員としての待遇にも差がある。
給与面はもちろんのこと、A級以上になれば開発部のエンジニアと相談の上、通常ではできない範囲で武器のカスタマイズが可能だったりする。
このことから、ボーダー本部では全てが階級で判断されると思われがちだが、実はそうじゃない。今現在B級に籍を置くチームの隊員だって、個人レベルで見ればA級に引けを取らない者もいる。
ナマエもその一人だ。太刀川と付き合うようになって、前よりも実践形式の訓練を積む機会が増えた。最近ではA級の米屋相手に模擬戦で一本取れることも増えてきている。
……だが、何かが足りない。
Dilemma
「頼む! このとおりだ!」
「ちょっ! やめてください! 顔を上げてください!」
ガバッと音がしそうなくらい勢いよく頭を下げた忍田に、ナマエは思わず声を上げた。
「もう頼めるのは君しかいないんだ……! 頼む! 慶ではなく、私を助けると思って……!」
「わ、わかりましたから! もう本当にやめてください! 忍田本部長に頭下げさせてるとこなんて誰かに見られたら……!」
ナマエの返事でようやく顔を上げた忍田は、申し訳なさそうな、でも心底ホッとしたような顔で笑った。
久々にボーダー本部を訪れると、ロビーを歩くや否や本部長の忍田真史……正確にはその補佐の沢村響子に呼び出された。
本部長直々の呼び出しなんて、一体自分は何をしてしまったのだろうかと内心穏やかではなかったが、蓋を開けてみれば話は交際相手の太刀川慶の通う大学の単位のことであった。身構えていただけに気が抜けてしまったのが半分、本部長がこうして直々に動かなきゃならないなんてどんだけやばいんだという呆れた気持ちが半分といったところだった。
そんなナマエの心情などつゆほども知らない忍田は、肩の荷が降りたというような清々しい表情をしている。
「すまない。本当に恩に着る」
「それはいいんですけど……太刀川さんの単位って、そんなに……その……ヤバいんですか?」
まあ、あれだけ普段からボーダー本部に居るのだから、大学へは行ってないんだろうな、とは薄々気付いていたが、この本部長の顔を見る限り相当やばいのだろう。
「慶は元々……その……ボーダー推薦で入学してるんだが……最近はあまり大学の方には顔を出していないようで……」
苦虫を噛み潰したような顔で言葉を繋ぐ忍田に、ナマエは乾いた笑いを浮かべた。
「ああ……太刀川さん、本部来ると必ず居ますもんね……。いつ大学行ってるんだろうな、とは思ってました……」
「大学側からこれ欠席が続くとボーダー提携とはいえ進級が危ぶまれると言われてしまってな……かといって、あの男が素直に授業に出るとも思えんし……」
「ははは……。……でしょうねぇ……」
「とりあえず、今期については来週の講義に出れば学期末の試験を受けることができるらしい。今のままだと出席日数不足で試験以前の問題らしくてな。すまないがよろしく頼む」
再び忍田に丁寧に頭を下げられ、ナマエは心の中で再びため息をついた。
***
初めて訪れた大学の教室は、ナマエの知っている『教室』とはかけ離れたものだった。広い空間に、長い机が階段状に並んでいて、一番低くなったところには、教壇のようなものが設置してある。個々の机を並べてあるだけの自分達の教室とは違う。ドラマでしかお目にかかったことのないような大人びた空間に、ナマエは胸が高鳴るのを止められなかった。
「まいったなぁ……」
隣に座った太刀川が、あくびを噛み殺しながら言う。
「普通ここまでするか? 忍田さんも大げさなんだよ。……だいたいナマエもこんなの受けんなよー。断ってもよかったんだぞ?」
「でも……私が無理やり連れてこなかったら、太刀川さん今日だってランク戦行っちゃってたでしょ?」
「そんなことねーって。……多分」
「ほら。……今回サボったら単位落としちゃうんだよね?」
「……マジ?」
「マジです。っていうかなんで知らないの。自分の単位でしょ?」
「……」
言葉もないといったように太刀川はナマエから目を逸らした。
「留年、カッコ悪いなぁ……」
「ぐっ……」
トドメとばかりに言ってやれば、太刀川は大きな身体を縮めながらため息をついた。
「分かったら今週はちゃんと大学に来てくださいね? 今日と明日は私が一緒に来るけど、それ以降は一人だからね?」
「へいへい。わーったよ」
気のない返事をして、太刀川は頬杖をつきながらため息をついた。
「ナマエはさぁ、最近俺に冷たいよなぁ……」
「えー? そんなことないでしょ。今日だって来てあげたじゃない」
「最初はあんなにおとなしくて小動物みたいだったのに」
太刀川はナマエを見つめるとニンマリと笑った。
最初、というのは初めて会った頃のことだろうか。そういえば、出水にもよく『猫かぶってる』って言われていた。
たしかに、あの頃は今のように話せる日が来るとは夢にも思わなかったし、ましてや付き合うことになるなんて、思いもしなかった。今でも時々夢を見ているんじゃないかと思うくらいだ。
「だって太刀川さんA級だもん。いきなり馴れ馴れしく話せないよ」
「びくびくしてて可愛かったのに」
「そんな事言われても……。……あ、ひょっとしてそっちの方が好きだった……?」
太刀川はそっちの方が好みだったんだろうか。付き合ってみたらイメージと違ったとか思われてたらどうしよう。一瞬、そんな嫌な考えが頭をよぎって、ナマエは恐る恐る太刀川へと問いかけた。
「いや? どっちも好き。どっちも可愛い」
ニッと笑いながら太刀川はこともなげに言い放った。それを受け、ナマエは小さく咳払いをすると、太刀川から視線を外した。
「……太刀川さんって意外とそういうのサラッと言うよね」
「お、照れてるな?」
「……うるさい」
「でもそういうとこも好きなんだろ?」
再び悪戯っ子のような顔で笑うと、太刀川はナマエの髪をふわりと撫でた。毛先を弄ぶように太刀川の指先が動く。
……ずるい。いつもこうなる。
結局、ナマエは太刀川のことが大好きで、付き合って最初の頃のようなよそよそしさが取れたとしても、ナマエの中では太刀川はいつまでも『憧れの人』で、敵うわけがないのだ。太刀川だって、当然それを分かっているのだろう。自信がありありと見て取れる。
「……好き」
若干の悔しさを感じながらそう言うと、太刀川は愉しそうに笑った。
***
午前の講義が終わり、ナマエと太刀川は学食へと向かった。
午前の授業は経営学と小難しい解析学の授業だった。ナマエにとってはちんぷんかんぷんで何を言っているか分からなかったが、それは太刀川も同じだったようで、終始眠そうにあくびを噛み殺していた。今週の講義に出席すれば試験を受けられるそうだが、果たして試験を受けたところで太刀川に単位が取れるのだろうか。ボーダー提携校だから少しくらい試験の出来が悪くても大丈夫なんだろうか。呑気な顔でうどんを啜る太刀川を見て、ナマエは少しだけ不安になった。
「そういやナマエ、この間出水と訓練室に居なかった?」
ふと思い出したように太刀川が言った。
「出水? ……ああ、出水にシュータートリガー習ってたんです。私もくまちゃんみたいに飛び道具が使いたくて。だってこの間のランク戦のくまちゃん、すっごいカッコ良かったんだもん。たしか昔トリオン量測ったときにそこそこいい数字だったなーって思い出して、私もやりたいなーって思っちゃって。で、シューターなら出水だなって思ったから。……でも一回で匙投げられちゃった」
「なんで?」
「不器用すぎて向いてないんですって」
ナマエは言いながら先日の出来事を頭の中で反芻した。
***
訓練室で出水の言うとおりにシューター用のトリガーに持ち替え、いざ実践というタイミングで、両手に大きなキューブを抱えるナマエに向かって出水は呆れたような顔を向けた。
「いや、固まってねーでキューブ割れよ」
「どうやって?」
「どーやってって……は? お前シュータートリガー使ったことねーの?」
「ないよ。弧月以外使ったことない。だから出水に聞いてんじゃん。ねえ、この後どーすればいいの? 割り方教えてよ」
何を当たり前のことを聞いてるんだと言わんばかりにナマエは出水へと問いかけるが、出水こそ訳が分からないといった顔で首を傾げた。
「いや、普通考えなくても割れんだろ。そのまま割れよ。なんだよ割り方って」
「えー? じゃあ出水はいつもどうしてんのさ」
「は? 考えたことねーよ。イメージすりゃ自然に割れんじゃん。……っつーかお前のキューブでけえな」
「ね。私もビックリしてる。ねえ! それよりコレどうしたらいいの!?」
「んー……とりあえずイメージしてみ? コレが、綺麗に割れるとこ」
「イメージっていってもさぁ……あ、じゃあ出水が見本見せてよ」
「はあ? めんどくせーなぁ……」
面倒くさそうにため息をついた割には、出水はナマエから一歩離れ、両手にキューブを出現させた。
「これを、こうやって割る」
言うのと同時くらいのタイミングで、出水の手元にあったキューブがサイコロのように綺麗に割れた。
「おお!」
「で、撃つ」
ドガガガッという音と共に人型の的に無数の穴が空いた。
「おおお!!!」
「感心してんなよ。ほら、やれ」
「オッケー! まかして!」
生き生きとした顔で返事をしたナマエとは裏腹に、出水の顔は段々と曇っていき、数分後には出水に引きずられるようにして訓練室を後にすることになった。
***
「……普通は均等に割れるんだって。形は人それぞれ好みの形でいいみたいなんだけど、だいたい同じ大きさに綺麗に揃うんだって。みんな大小色んな形にはならないんだって。あの玉狛のメガネ君ですらできるぞって出水が。失礼すぎない? メガネ君に謝れって感じ」
「いや、キューブ割るとこでシューター躓いた話は俺も初めて聞いたな……」
「接近戦は得意だし、これで中距離攻撃できるようになったらオールラウンダーになれちゃうなって思ったのにさ」
ムッと唇を尖らせたナマエに、太刀川は不思議そうな顔で首を傾げた。
「ってかナマエ弧月だろ? 俺みたいに旋空付ければ? カッコいーじゃん、旋空弧月」
「だって弧月が重いんだもん。一回試したんだけど弧月振るときに狙いから外れちゃうの。私がA級だったら米屋みたいに刀身短くしたりとか、刃以外にも色々カスタマイズしてもらえるのかなぁ……。なんか悔しい。米屋に負けた気分」
米屋には模擬戦でも負け続けなので、実際には間違ってはいないのだが、ソレはソレ、コレはコレなのだ。
「いや、ナマエの実力ならA級余裕だろ。そーいやナマエB級のランク戦出てないよな? チームに所属してねーの?」
「うん。解散しちゃったからね」
「は!? マジで!?」
ナマエの言葉を聞いて、太刀川は大袈裟なほど目を見開いた。
「あれ、言ってなかったっけ? 大規模侵攻の後にね、チームの子が一人県外に引越して、もう一人オペレーターやってた子も親から反対されてボーダー辞めちゃったの。一応代わりのオペレーター探したんだけど見つからなくて、残ったスナイパーの子は東さんに紹介してもらって他所のチームに入れてもらったんだ」
「ナマエは他のチーム入んなかったのか?」
「……合うとこがなくて。まぁでもノラでも防衛任務はできるし。ほら、最近は太刀川さんが稽古つけてくれるから。そんなに不自由はしてないよ」
「そりゃそうだろうけど……でもチーム戦の面白さはまた別だろ。ナマエは俺と同じタイプだろうから物足りないんじゃないか?」
腑に落ちないといった表情をしながら太刀川が言った。たしかに、チーム戦には個人戦には無い面白さがある。戦いの好きな太刀川ならそう思うのも当然だろう。もちろんナマエにだって太刀川の言っていることは理解できる。だが、ナマエが他チームに所属しないのには理由があった。
「……辞めちゃったオペレーターの子ね、私がボーダー入った頃から組んでた子なの。今回はお家の事情で辞めなきゃいけなくなっちゃったけど、ちゃんと説得して戻ってきたいって言ってたから。その時ね、もう一回彼女と組みたいの。ほら、どこかのチームに入ったら、そこを抜けなきゃいけなくなっちゃうからさ」
他のチームに入れば、きっとそれなりにうまくやれるだろう。チームの勝利に貢献して、そこそこの成績だって残せる。それだけの実力が自分にはあると自負している。……だが、一緒に戦ううちに、きっと情が湧いてチームから離れられなくなる。それが分かるから、ナマエは今までずっとどのチームにも所属しなかったのだ。
「……そっか。チーム抜けたり解散したりってのは別に珍しくないけどなぁ……俺だって最初のチームとは全然違うし。ちょっともったいないな」
「じゃあ、期間限定で太刀川さんのチームに入れてくれる? 私、唯我よりいい働きするよー?」
少しおどけた口調でそう言ったナマエに、太刀川はキョトンとしたような顔をしてから笑い声を上げた。
「ハハハ! そりゃいいな! 唯我の代わりにうちに入るか!」
「いや、冗談だよ」
「いいじゃん。ナマエが入ったら攻撃のバリエーションがぐっと広がるし面白い戦略が練れそうなのに」
「ダメでしょ。怒られるし、唯我も泣いちゃうよ。……まぁただ、唯我は最近私がB級だからって下に見てくる節があるからいつか締めようとは思ってるけど」
「は? お前にも言ってんのか、アイツ!」
「言ってるよー。最初は『太刀川さんの彼女』って感じでソンケーの眼差しで見られてたけど、私がB級って分かった途端にマウント取ろうとするから、訓練室連れてってボコボコにした」
「もう締めてんじゃん。ナマエのそういうとこ好きだけどな」
「ふふふ。興奮する?」
「するする。……今日泊まっていい?」
「無事に単位取れたらね」
ニッコリと笑ってそう言うと、太刀川はガックリと肩を落とした。
***
数日後、ボーダー本部内にある談話室で、間近に迫った期末試験の範囲を確認しながらテキストと向き合っていると、隣で同じようにテキストと睨めっこをしていたはずの出水が不意に顔を上げた。
「……あ。そういや太刀川さんって結局単位取れたわけ?」
ナマエは、頬杖をつきながら問いかけた出水へと視線を飛ばすと、首を傾げた。
「……さあ?」
「さあって何だよ。そのために学校サボってまで行ったんじゃねーの?」
「サボりじゃないよ。言ったでしょ? 忍田本部長が公欠にしてくれたって。……まぁ、日数はなんとか足りて試験は受けられたみたいだけどね。ほら、単位取れるかどうかは試験の成績とか諸々を考慮した上で決まるから」
そう。つまりまだ分からないのだ。単位が取れたという連絡も、落としたという連絡も、太刀川からはまだ来ていない。
「うへぇーマジかー。ボーダー推薦っつーのも考えもんだな……」
そう言った米屋は、テキストを開いてすらいなかった。
「……米屋はやめた方がいいかもしれないよね」
「おい」
「つーかお前が一番ヤバいんだからちゃんと勉強しろよ槍バカ」
「うっせー弾バカ」
「おいバカ二人。最下位争いは見苦しいからやめな」
「何で自分だけ高みの見物ポジなんだよ。お前だって目くそ鼻くそだろ」
「なぁ、それってどっちが鼻クソなの?」
「出水」
「どっちも同じだろ、刀バカ」
「やめてよその呼び方。三バカみたいになるじゃん!」
「実際お前は馬鹿じゃん?」
「お! ここに居た」
勉強そっちのけで至極くだらない話に花を咲かせていると、つい今しがた話題の中心に居た男が立っていた。
「太刀川さんチーッス」
「コンチワーッス」
笑顔で挨拶をする出水と米屋とは対称的に、ナマエは眉間に眉を寄せて太刀川を見つめた。
「……今日大学じゃなかった?」
「試験終わったし、今期はもう終わり。ナマエを探してた」
「あれっ、連絡くれてた?」
鞄の中の携帯電話を取り出すと、太刀川から数件メールや着信が来ていた。
「わー、ごめんなさい。気付かなかった」
「いいって。急ぎじゃないし。勉強してたんだろ?」
「うん。もうすぐうちの学校もテストなの。ま、勉強っていってもあんまり進んでないんだけど。……あ、それより単位どうだった? ちゃんと取れた?」
「おう。バッチリ」
「ほんと!?」
見た感じ全然ダメそうだったのに。やはり太刀川はやる時はやる男なのだ。さすがA級一位。
「……あ。ひょっとして単位取れたからってもうランク戦しに来たんでしょ」
「違うって。言ったろ? ナマエを探してたって。ほらコレ」
そう言うと太刀川は一枚の書類を差し出した。
「なあに、これ?」
「コレ持って開発室行けば、ナマエの弧月をいい具合に改造してくれるっていう魔法の紙」
「えっ!? ウソ!」
「ホントホント」
手渡された書類をマジマジと見ると、たしかにそのようなことが書いてある。
「書類……忍田本部長の名前だ……え? どういうこと?」
本部長の忍田とは先日話したくらいでとりわけ面識もないはずだ。それなのになぜしがないB級隊員の自分がこんな待遇を受けられるんだろう。
「……ひょっとして太刀川さんが頼んでくれたの?」
「いや? 単位大丈夫だったこと報告したら、忍田さんがナマエにお礼をって言うから、弧月のことチョロっと話しただけだよ。こういうのは権力使うのが一番手っ取り早いだろ」
「そりゃあ……そうかもしれないけど……」
太刀川はなんでもないことのように言うが、きっと大変だったに違いない。それに、何度も言うようだが、普通ならこんな待遇はあり得ない。きっと太刀川がA級隊員だからだろう。さすが、A級一位の男は違う。
「ホントは今すぐにでもナマエ連れて開発室行きたいんだけど、それでナマエが成績落としたら本末転倒だからな。試験終わったら俺も一緒に行くから、ナマエに合った長さにしてもらおうぜ。ついでに旋空付けろよ、ちゃんと教えてやるから。じゃあ、勉強頑張れ」
そう言うと、太刀川はナマエの頭をわしゃわしゃと撫で、談話室を出ていった。
「……かっこよすぎない? やっぱり好き……」
太刀川の背中を見送りながらポツリと呟くと、出水が小さく吹き出すのが分かった。
「相変わらず太刀川さん好きな」
「いや、あれはカッコいいだろ。オレも惚れそう」
「ダメだよ。私のだから。誰にもあげないよ。取らないで」
「取るかよ。ほら、さっさと勉強すんぞ」
出水に言われて再びテキストへと向かうが、ナマエの頭の中は完全に弧月のことでいっぱいだった。
刀身がもう少しだけ短くなって軽くなったら、弧月を振るうスピードはどれだけ変わるんだろう。旋空の射程距離はどのくらい出るんだろう。刀身を短くしたらその分飛距離も縮まってしまうんだろうか。でも旋空で相手の不意をつければ懐に飛び込みやすくなるかも。弧月が軽ければその分今よりも速く刀を振るえるだろうし。そうしたらきっと……。
次々と攻撃のバリエーションのイメージが湧いてくる。今考えるべきでないと頭では分かっていても、考えずにはいられなかった。
「なあ、テスト終わってミョウジが弧月改造したらオレと模擬戦やろうぜ」
「あー……いいよ。でも『出水のアステロイドとナマエのシールドどっちが強いかな対決』が終わってからでもいい?」
「何それ超楽しそう」
「でしょ」
「おれ、お前のネーミングセンス好き」
「ありがと」
「つーか、ミョウジのシールドってなんであんな硬えの? オレの弧月でも一回じゃ割れねーじゃん。あんなの詐欺だろ」
「さあ? 私のトリオン量がヤバイ的な?」
「言ってろ。次こそバッキバキに割ってやる」
「やれるもんならやってみな」
ベッと舌を出してやれば、出水は笑ってナマエの額を指で弾いた。
きっと、弧月を改造したって劇的に何かが変わるわけじゃない。チームに所属してランク戦を勝ち上がらない限りA級にはなれないし、米屋にだってそう簡単には勝てないだろう。
それでも、今までとは違った戦い方ができる。
こうして足りない『何か』を補って切磋琢磨していくうちに、いつかあの背中に追いつけるだろうか。
「私もA級目指そうかなぁ……」
ボソリと呟くと、出水と米屋は一瞬顔を見合わせてから、遠足の前の子供のような顔で笑った。
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