(2話)
教室に着くや否や、クラスメイトの米屋がナマエの元へとやってきた。
「なぁなぁ! 太刀川さんにボッコボコにされたB級女子ってお前のことだろ?」
目の前のウキウキ顔が癇に障り、ナマエは思いっきり嫌そうな顔をしてやった。
「なんで米屋が知ってんの」
「いや、めっちゃ噂になってるぜ。……あ! なぁなぁ! やっぱこいつだってよ! 太刀川さんの!」
楽しそうにゲラゲラ笑いながら、登校してきた太刀川隊の出水公平に向かって、米屋は楽しそうに報告する。
「はぁ? マジにミョウジだったのかよ」
ウケるわ。たいして面白いと思ってなさそうにそう言うと、出水はナマエの隣の席に着いた。
「で? なんでまた太刀川さんとやり合ったわけ? ミョウジって太刀川さんと知り合いだったっけ?」
「やり合ったって……やめてよ。ロビーで太刀川さんとお会いした時に、ファンですって言ったの。それで、太刀川さんが少し手合わせしてくださっただけだよ。多分、気まぐれで」
太刀川に話しかけた時のことを思い出す。太刀川の驚いた顔が昨日のことのように思い出される。なんであんなことができたのか、今でも信じられない。
憧れだった太刀川がロビーを退屈そうに一人歩いていた。周りに人は居ない。話しかけるチャンス!!! そう思った時には、もう太刀川に話しかけていた。
思い出しただけで顔から火が出そうだ。
「はぁ……かっこよかった……」
「お前ホント太刀川さん好きな」
米屋が呆れたように言う。
「ほっといて」
口を尖らせながら言うと、出水がその口を摘んだ。
「だから太刀川さんに紹介してやるって言ったじゃん」
「いいの! そういうのは!」
出水の手をパシッと叩き落としながら言うと、米屋が頬杖をつきながらニヤニヤと笑って言った。
「ま、これで太刀川さんと知り合いになれたんだからよかったじゃん?」
「えー……。太刀川さん覚えてないと思うよ、私のことなんて」
小さくため息をつきながら言うと、米屋が笑って言った。
「なんでだよ。んなわけねーだろ」
「だってA級一位だよ!? ナンバーワンアタッカーだよ!? 一回戦ったくらいで、B級の私のことなんて覚えてるわけないじゃん!」
「お前ってホント卑屈だよな」
呆れたように呟く出水に、ナマエはムッとした顔で問いかけた。
「じゃああんた達、ボッコボコにしたB級の子の顔なんていちいち覚えてる? えぇ!? 覚えてるわけ!?」
米屋にも向き直って問いかけると、二人は一度顔を見合わせて「うーん」と唸り声を上げた。
「まぁ……覚えてねーこともねーけど……」
歯切れの悪い感じで米屋がボソボソと言う。そんな米屋を鼻で笑うと、出水は少し偉そうに言った。
「まぁおれはそもそもB級相手にボコったりしねぇよ」
「まぁ出水はそうだろうね。でも米屋なんか秒で忘れそうじゃん」
「……と、思うじゃん?」
「なに、覚えてんの?」
「覚えてねぇ」
「ほら!」
「ははは! なぁ、俺とも今度遊ぼうぜ」
米屋は悪びれなくそう言うと、ナマエに向き直って言った。
「えー、太刀川さんにボコボコにされても全然いいっていうかむしろ興奮するけど、米屋にボコられるのはなんかむかつくからヤダ」
「興奮すんなよ」
出水が真顔で言う。
「なんでだよ! 俺だってA級だぜ! いいじゃん!」
なおも食い下がる米屋に、ナマエは「うーん」と考えるような仕草をしてから、
「じゃあまた今度ね。気が向いたら」
と、やや適当な感じで話を終わらせた。
***
放課後になり、本部へ行くという出水と共に、ナマエもボーダー本部へと向かった。
結局あの日、太刀川と一緒に夕飯を食べて、太刀川が家まで送り届けてくれた。本当に夢のようなひと時だったが、たかが一回食事に行ったくらいで太刀川の記憶に残っているとは到底思えない。
次に会ったら、挨拶くらいはしてもいいだろうか。図々しいと思われないだろうか。早く会いたいのに、会うのが少しだけ怖い。
そう思っていたのに。角を曲がると背の高い人物が少し前を歩いていた。後ろ姿で誰かはすぐに分かった。噂をすれば影とはよく言ったものだ。噂をしていなくてもこうして会ってしまうのだから。
「あれ、太刀川さんじゃん」
出水が声をかけると、太刀川は視線を向けた。
「チーッス。太刀川さん何してんすか」
「これから隊長会議なんだよ」
軽いノリで挨拶をする出水の後ろに隠れるようにしていたナマエは、太刀川と目が合い、慌ててペコリと頭を下げた。
「あれ、ナマエちゃん?」
「お、覚えててくださったんですか!?」
まさか太刀川の記憶に残っているとは夢にも思わなかったナマエは、驚いて大きな声でそう言った。
「いやいや、さすがに忘れねーだろ。あれから二、三日くらいしか経ってないじゃん」
「えー……嬉しい……夢みたい」
思わず小さな声で呟くと、隣にいた出水が肘でナマエを突いた。
「なに猫被ってんだよ」
「う、うるさいなぁ! そういうこと言わないで!」
赤くなりながら極力小声でそう言うと、太刀川は意外そうな顔で二人を見た。
「あれ、出水と知り合い?」
「あぁ、コイツ同じクラスなんすよ。一年の時から同じで。コイツがボーダーに入ったのも同じ時期だし。おれが勧めたんすよ。な?」
出水に言われ、ナマエはコクコクと頷いた。
「……へぇ」
一瞬ナマエを見る目が鋭くなったような気がして、ナマエは思わず数回瞬きをして太刀川を見る。しかし、次の瞬間には普段と同じような視線に戻っており、ナマエは自分の見間違いだったのだと思うことにした。
「っつーか、太刀川さん。こいつボッコボコにしたって本当ですか?」
「ちょっと出水!」
余計なことを言ってくれるなと視線に込めて睨みつけるが、出水は気にした様子もなく続けた。
「結構噂になってますよ。太刀川さんがフられた腹いせにB級女子苛めてるって」
「うそ! 何それ!」
「なんか色んな尾ひれ付いてそうだな……」
苦笑いの太刀川に、ナマエは慌てて頭を下げた。
「す、すみません、太刀川さん! そんなことになってるなんて、私知らなくて……」
「気にしなくていいよ。こっちこそゴメンな」
「そんな!! 私は、全然!!」
ブンブンと首を振って言うと、太刀川の目が弓なりに細められた。
「じゃあまた今度暇な時に相手してくれる?」
「へっ?」
思わず変な声が出て、ナマエは慌てて口元を押さえる。あんな噂が立っているというのに、まだ自分を気にかけてくれているのが嬉しくて、社交辞令だと分かっていても涙が出そうだ。
「ナマエちゃんが嫌じゃなかったら、さ。じゃあ出水、またな」
そう言ってナマエの頭を撫でると、太刀川は立ち去った。
「頭……撫でられた……」
「位置がちょうどよかったんじゃね?」
「……幸せすぎて死ぬかも、私」
放心したように太刀川の後ろ姿を見つめながら、ナマエはボソッと呟いた。その隣で出水がブッと吹き出す。
「お前流石にそれは単純すぎんだろ」
「社交辞令だって分かってても嬉しいものは嬉しいの!」
「はいはい。お前ホント太刀川さん好きな」
呆れたような口調で言う出水に構わず、ナマエはいつまでも太刀川の後ろ姿を見つめていた。
Back
Novel
Top