Pretty Boy
自室のベッドに腰掛け、部屋に招き入れた幼なじみをじっと見つめる。
「どう思う!?」
「……何が」
私の目の前に座ったクロが至極面倒臭そうな顔をしてため息をついた。
「話聞いてた!? 研磨のこと!」
「いや、聞いてたけどさ……。アレだろ? 付き合って半年経つのにまだチューもしてないからナマエちゃんは欲求不満なんだろ?」
「欲求不満って言わないで!」
「あのねぇ……そういうのは俺じゃなくて研磨に言いなさいよ」
呆れたようにため息をつきながら、クロはガシガシと頭を掻いた。
「研磨に言えるわけないじゃん。痴女だって思われる」
「痴女!! ぎゃはは! お前はホント面白いこと言うね」
「笑い事じゃないの! ……研磨に嫌われたら死ぬ」
バタッとテーブルに突っ伏した私の頭を、クロはポンポンと撫でた。
「大丈夫よ、ナマエチャン。研磨がそんくらいでお前のこと嫌いになるわけねーだろ」
「だって……研磨は潔癖そうだから、私がそういうこと考えてるって思ったら幻滅されそうなんだもん……」
「んなことねーだろ。研磨だって男の子なんだし」
「……ねえ、研磨とそういう話になったことないの? 男同士でさ」
「…………無い」
「研磨がえっちな本読んでるとこ見たことは?」
「…………無い」
「…………ほら。研磨はそういうのに興味ないんだよ。別にいいんだけどさ……研磨とゲームとかしてるだけでも十分楽しいし……」
はぁ、と再び大きなため息をつく。
「ナマエ、俺の英語の教科書――」
「でも私だって研磨とチューしたりエッチしたりしたい――」
とんでもないタイミングで扉が開き、恐る恐る振り返ると、同じく扉を開けたまま固まった研磨と目が合った。
「……持ってったままじゃない? ……って思って……」
気まずそうな顔で目をウロウロさせながら、研磨はそう言った。
「……い……」
「い?」
「いやぁー!!!」
そのままベッドに飛び込むと、布団を頭から被った。
聞かれた。研磨に聞かれた。絶対引いてる。研磨の顔は見てないけど、絶対に引いてる。絶対に『あの顔』になってる。
「おーいナマエちゃんや。出ておいで」
「いやっ! もう布団から出ない! お布団の中で暮らす!」
「馬鹿なこと言ってんじゃないの。ほれ」
ベリっと剥がされ、再び研磨と対面する。研磨は少し困ったような顔をしながら頬を掻いた。
「じゃあな。俺はこれで」
「ちょっと! 行かないでよ!」
「ナマエチャン、俺こう見えて受験生なんですけど? 二人のことは、二人でちゃんと解決しなさいね。じゃあ研磨、あと頼むな」
「……わかった」
去り際にウインクをしながら、クロは部屋を出ていった。
部屋の中の空気が重い。あれだ。いつもと重力が違うんだ。だから……。
「ナマエ」
「はっ、はいっ!」
恐る恐る研磨を見ると、ほんの少しだけ頬を赤く染めながら、手を差し出していた。
「……教科書」
「……教科書? ……あっ、教科書ね!」
「そう……教科書」
「教科書! 教科書ね! ……数学だっけ?」
「……英語」
「英語ね! そう! 英語だったね!」
英語英語……あ、ほんとだ。二冊ある。机の棚から発掘した教科書を研磨に手渡すと、研磨はそれを握りしめたまま固まった。
「研磨?」
手元の一点をじっと見つめながら、研磨は微動だにしない。そっと教科書を持つ手を離そうとすると、研磨の手が伸びてきた。グッと肩を掴まれ、引き寄せられる。
「えっ……」
研磨の綺麗な顔が近づいてきて、思わず目を瞑ると、オデコに柔らかいものがぶつかった。
「へ……?」
「じゃあ……」
そう一言残して、研磨は部屋を出ていった。
「……おでこ……?」
額にそっと触れる。おでこにチューされた。研磨に。
チューしたいって言ったら、おでこにチューされた。
可愛すぎるでしょ……なんなの……。
グワァっとなんだか熱いものがこみ上げる。あーだめ。好き。好きすぎる。今すぐ大声で叫び出したい気分。
ふと、廊下から母の声がした。
「あらー、研磨君。廊下にうずくまってどうしたの? あらっ!? 顔が真っ赤よ! 熱でもあるんじゃない?」
「……おじゃましました」
「研磨君!? 大丈夫!? お大事にねー! 風邪かしら……。ねえナマエ、研磨君が……あら、貴女も真っ赤ねぇ。風邪が流行ってるのかしら……鉄君に移さないようにしなきゃダメよ? あの子受験生なんだから……」
困っちゃうわねぇ。とため息をつきながら、母は部屋を出ていった。
「大丈夫だよお母さん……風邪じゃないから……」
誰もいない部屋で、私はポツリと呟いた。
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