- ナノ -


(2話)



 宮君の部活終わりに合わせて、学校で待ち合わせをした。

「帰ったでー」
「お邪魔します……」

 宮君の家に着くとすぐに、宮君と同じ顔がひょっこりと現れた。

 双子の宮侑君だ。

「なんや! 待ち合わせ言うから何かと思たら女か!」
「うっさいわ。気にせんでええよ。おいで」
「なんやねんその言い方! おい! サム!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ侑君を無視して、宮君は部屋の中へと入っていった。侑君にジロリと見下ろされ小さく会釈すると、私は慌てて宮君の後を追った。

「……サム?」
「ああ。俺はオサム、やから、サム。アイツはアツム、やから、ツム」
「ふふ、仲良いんだね」
「仲良いことも無いんやけどな」
「そうなの?」

 兄弟なんてそんなもんやろ。そんなことを言いながら、宮君は笑った。





「荷物、適当に置いてな」

 ソファを指差しながら、宮君が言った。言われたとおりにソファに荷物を置き、鞄の中からエプロン、三角巾、マスクを取り出した。家庭科の授業以外で料理をするのは初めてだったので、とりあえず調理実習の時の一式を持ってきたが、これでよかったのだろうか。チラリと宮君を見ると、宮君は少し驚いたような顔でこちらを見ていた。

「なんや色々持ってきとるな」
「何が必要かわからなかったから……調理実習の持ち物を持ってきた」
「……せやな。俺もエプロン持ってくるわ」

 支度しとき。そう言いながら、宮君はどこかへ消えていった。ポツンと残され、とりあえずエプロンと三角巾を着けた。マスクもした方がいいだろうか。……大袈裟かな。でも料理をするわけだし、やっぱり着けた方がいいかな。マスクと見つめ合いながら考えていると、足音とともにエプロン姿の宮君が現れた。宮君の頭にはカラフルなバンダナが私と同じように巻かれていて、口元には白いマスクをしていた。

 あ、やっぱり私もマスクしよう。そう思い慌てて装着すると、宮君が小さく笑った。

「俺の勝ちやな」
「競争だったの?」

 つられて笑いながらそう言うと、宮君はハハッと笑いながら、さぁどうやろ。と言った。

「飯ちょうど炊けとるから、手洗ったらすぐ始められるで」
「はい」
「ええ返事やな」
「今日は宮君が先生だから」
「ハハ、先生か。なんやくすぐったいわ」


 宮君がテキパキと道具を用意していく。その間に手を洗って、宮君のことを待った。まるで犬にでもなった気分だ。飼い主を待つ散歩前の犬はこんな気持ちなのだろうか。ワクワクして宮君のことを目で追うのを止められない。


「おん? なんや二人してエプロンなんか着けて、何作るん?」
「おにぎり」
「はぁ? なんやおにぎりて。もっと洒落たもん作れや」
「洒落たもんてなんやねん」
「いや、知らんけど」

 二人のやりとりが面白くてつい笑うと、侑君がこちらを見て、何かに気づいたように、おっ! と言った。

「そうや! 自分転校生やんな! 今年から入ってきた子やろ」
「はい」
「サムいつの間に仲良くなったん?」
「同じクラスやし普通やろ。ほら、お前も一緒にやらんのやったら邪魔やからあっちいけや」

 宮君が侑君へ向かってシッシと手で払うようにしながら言った。

「やらんわ! ほな頑張ってな」

 ヒラヒラと手を振って、侑君はソファへとドカッと座ってテレビをつけた。



「ほんなら始めよか」

 宮君はバットにご飯をあけ、パタパタと団扇であおいだ。

「あんまり熱いとベタベタすんねん。握る時も熱いしな。せやからこうしてほんの少しだけ冷まします」
「は、はい!」

 慌てて手帳を取り出し、メモを取る。すると宮君がハハッと笑った。

「べつにメモなんか取らんでも……」
「い、いいの。続けて?」

 手で続きを促すと、宮君は少し困ったように笑いながら、ラップを用意した。

「弁当で持ってく時は、こうやってラップ使うてな?」
「ラップ?」
「手の雑菌がついて傷みやすくなんねん。食中毒防止やな」
「食中毒……」

 そうか。そんなことまで考えなきゃいけないのか。お料理って大変なんだな。うんうんと頷きながら、大きく『食中毒』と書いてグリグリと丸をした。

「自分ですぐ食べる時とかは、手に傷とか無ければそのまま素手で握っても大丈夫やで」
「はい」
「じゃあオーソドックスな方からやな。こうして塩ふって、ご飯を少し取って、具を乗せて、その上にまたご飯、最後に塩。ほんで、こうして三角になるように。あんま力入れたらあかんで。フワッと握るんや」
「フワッと……」
「ほれ、メモはしまいにして。手洗って、やってみ。実践あるのみや」
「は、はい!」


 宮君に教えてもらったとおりに握っているはずなのに、全然三角にならない。三角の山はつぶれ、どちらかというと楕円に近い形になっている。

「……なんやブサイクやな」
「うん。変なかたち……」

 なんでやろ。そう言いながら、宮君は首を傾げた。そして、私の後ろに回り、下から支えるようなかたちで私の手を取った。

「ほら、こうして、この手の腹んとこで支えんねん。そしたら三角になるやろ? ここでひっくり返して、こう……」
「あ、ちょっとわかったかも!」

 後ろの宮君を振り返ると、思ったよりも近くに宮君の顔があって、慌ててまた前を向いた。

 び、ビックリした。今更ながら自分が大それたことをしていることに気づいた。学校でも人気者で有名な双子の片割れに、料理を教えて欲しいと頼み、家に上がり込んだ。……ファンに知られたら殺されるかもしれない。

 絶対誰にもバレないようにしよう。

「ほなもう一回や」
「はい」


 先ほどよりも三角に近い形になり、ほっと息を吐き出した。

「今度はどう? 三角になった?」
「おん、ええやん」

 うんうんと頷きながら、宮君が言った。

「ほんなら次な。こないだの梅干しのやつは、最初にこうして梅干しの種を取って、包丁でもええけどめんどいからフォークとかでええで、こうやって潰して……」


 宮君はその後もいろんなおにぎりの作り方を教えてくれた。ご飯に具を混ぜ込んだり、ふりかけを使ったもの、中には何も入れない『塩むすび』なんてものがあることも教えてくれた。どれも簡単で、私でも作れそうなものばかりだった。


 とはいえ……。


「……あれやな、作りすぎたな」
「……うん」

 大きなお皿の上に所狭しと並んだ色とりどりのおにぎりを見て、宮君がポツリと言った。


 一通り作り終えたところで、玄関の戸がガラリと開く音がした。

「ただいまー。侑ー、治ー、帰っとるん?」
「おー、帰っとるよー」

 リビングのソファで寝転がりながら漫画雑誌を読んでいた侑君が玄関に向かって返事をする。

「あら、治はおらんの?」
「キッチンにおるで」
「キッチン?」

 侑君の声で、キッチンに女の人が顔を出した。

「あら! お客さんやないの! あらまー! いらっしゃい!」
「お、お邪魔してます」

 慌ててペコリと頭を下げると、隣で宮君が小さくため息をついた。

「うちのオカンや」
「治が女の子連れてくるやなんて、初めてとちゃう!? お赤飯炊かな!」
「やめや。困っとるやろ。同じクラスのミョウジナマエさんや」
「はじめまして。ミョウジナマエです。いきなりお邪魔してしまってすみません」
「ええんよええんよ! 狭いとこやけどゆっくりしてってな? ……それにしてもぎょうさん作ったなぁ。おにぎりパーティーでもすんのかいな」
「作り方教えててん。でもちょっと作りすぎたわ。夕飯で食うたらええやろ」
「せやね。ほんならナマエちゃん、あんたも食べていきや」
「えっ! えっ!」

 いきなりそんなことを言われて、思わず宮君とお母さんを交互に見た。

「ああ、もうすぐ夕飯時やしそれがええな。家、平気か?」
「うちは……大丈夫だけど……そんな急にいいんですか……?」
「ええんよええんよ! ナマエちゃん、好き嫌いとか食べられないもんはある? アレルギーとか」
「無いです。なんでも食べられます。アレルギーも特に無いです」
「ほんならお母さんご飯の支度せなあかんから、あんたらは治の部屋で遊んどいで!」
「遊ぶってなんやねん。小学生とちゃうねんぞ」
「あ、ナマエちゃん! 治に変なことされそうになったら大声で叫ぶんやで!」
「するか! ったく、アホちゃうか。……ほんなら行くか。おいで」
「はい。失礼します」


 キッチンを出ると、侑君がギョッとした顔でこちらを見た。

「ちょお待てや。どこ行くん」
「聞こえとったやろ。部屋」
「俺の部屋やん!」
「俺の部屋でもあるやん」
「はぁ!?」
「侑! 子供みたいなこと言わんとき! ほんならあんたが部屋行ってリビングは二人に空けたりんさい!」
「横暴やぞ!」
「どっちが横暴やねん」
「ほんならスマブラで勝負しようや。そっちが勝ったら部屋でもなんでも使えや」

 そう言って、侑君は私に小さな四角いものを渡した。クルクルと手の中で回すが、コレがなんなのか、何に使うのかサッパリわからなかった。

「……コレはなんですか?」
「は? コントローラーやん」
「コント……ロー……?」
「なんや。ゲーム、やったことないん?」

 宮君が私からその四角い物体を取り上げながら言う。小さく首を振ると、侑君がポカンと口を開けた。

「……マジか」
「女の子やしそんなもんやろ」
「つまらん女やな」
「失礼な言い方すな。ほら、スマブラすんねやろ? はよつけろや」
「言われんでもつけるわ」


 初めて見るテレビゲームは、目まぐるしくて、目が回りそうなのを堪えるので精一杯だった。

 小さな人形達がピョンピョンと飛び交って、勢いよく画面外へ飛んでゆく。どっちが勝っているのかサッパリわからなかったが、一息ついた時に侑君が悔しそうにしていたので、宮君が勝ったのだと思った。

 結局五回戦って、三勝二敗で宮君が勝った。

「やってみるか?」

 じっと画面を見ていると、宮君が私に向かってさっきのコントローラーを差し出した。が、とてもじゃないが私に出来そうにない。ブンブンと首を振ると、侑君がじっとこちらを見た。

「ならマリカーにしようや。初心者でもマリカーならできるやろ」
「わ、私もやるの!?」
「当たり前やろ」
「む、無理だよ……宮君……」

 助けを求めるように宮君を見つめるが、宮君も、大丈夫やろ。と言って私にコントローラーを握らせた。

「ここ押すと進むねん。せやからレース中はここ押しっぱでええで」
「わ、わかった。ま、曲がる時は?」
「このレバーを進みたい方向に倒しても曲がるし、ようわからんかったら、こう……横に傾けたら曲がる」
「わ、わかった。そっちにする」
「ほな一周ハンデやるわ」
「言うたな。覚えとけよ」

 宮君はそうは言ったけれど、私は初めてのことに戸惑ってばかりで、侑君が動かない一周目ですらまともにカートを走らせることは出来なかった。

「ホンマへったくそやな」
「喧しいわ。ツムは黙って画面見とれ」
「宮君ごめんなさい、私負けちゃうかも……」

 そう言っている間にも、カートは大幅にコースを外れていく。

「大丈夫やて。ほれ、曲がる時はこうして……」

 言いながら、宮君は私の後ろからコントローラーを持つ手にそっと自分の手を重ねた。一回り大きな手が、すっぽりと私の手を覆い隠し、同時に心臓がドキッと跳ねた。

「あ! きったないぞサム!」
「ええやん。ミョウジさんは初心者やねんから。この一周だけや。ハンデやろ、ハンデ」
「ハンデなら一周くれてやったやろ!」

 耳元で宮君の低い声がする。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる侑君の声すら耳に入ってこない。心臓がうるさい。


 結局、ハンデ一周では初心者の私が侑君を打ち負かすことは難しく、最後の最後で抜かされてしまった。

「侑君速いね」
「当たり前やん」
「勝てなかった……ゴメンね、宮君」
「しゃあないやん、初心者やし。楽しかったか?」
「楽しむ余裕は無かったかな……」
「せやろな。ほんなら簡単なのにするか?」
「私はもういいよ。見てる方が楽しい」

 画面を見ながら同時に左右の指を動かすなんて、私には難しすぎた。できればもうやりたくない。グイッと宮君にコントローラーを押しつけると、宮君がハハハ、と笑った。


「楽しそうなとこ悪いんやけど、ご飯できたから手洗っといでー」

 キッチンの方から、宮君のお母さんの声がする。

「飯やって。なんや腹減ったわ」
「俺もや」
「私も……」
「も少し上手なったらまた勝負したってもええで」
「なんでそんなに上から目線なん?」
「じゃかましわ! サムは黙っとれ!」
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