- ナノ -


(18話)



 ゾロゾロと慌ただしく選手達がコートを行き来する。一セット目の点差を考えると、この先の展開には一抹の不安を感じる。

 飛雄はというと、先ほど見た通り落ち込んではいないようだが、それでもやはり心配なものは心配だった。……飛雄がこのまま最後まで試合に出られなかったらどうしよう。そんなことが頭をよぎる。

 しかし、そんな心配をよそに、なにやら日向と言い合いを始めた。やれ落ち込んでるかだの、しょぼいダイレクトがどうのと、そんなことを言い合っている。……どうやら本当に心配は無いようだ。


「アレだな。ナマエちゃんは結構淡々と見る方なんだな」

 チラリとギャラリーの女の子たちを見ながら、滝ノ上さんが言った。

「ほら、及川クン見てキャーキャー言う女子高生多いだろ」
「ははは、そういうタイプに見えます?」
「いや、見えない」

 そう言って、滝ノ上さんが笑った。

「女の子の集団って苦手なんですよね。あと、キャーキャー騒ぐのもちょっと苦手で……」
「ハハハ、そんな感じするな!」

 だからイマイチ馴染めないんですよね……。とは口には出せず、ふぅ、とため息をついた。

「別にいいんじゃないか? バレーは一人でも見れる。それにこうやってお兄さん達とも見れる」

 ニッと笑って滝ノ上さんが言った。

「そうですね」
「やっぱりおっさんくさいんだよなぁ……。ナマエちゃん、気にしなくていいぞ」
「おい! お前だって歳変わんねーだろ!」
「うるせー、ほら、二セット目始まるから黙って見ろよ」


 二セット目が始まっても、セッターは菅原先輩のままだった。

 二セット目では、及川先輩のサーブには澤村先輩と西谷さんの二人で対応することにしたらしい。今まで西谷さんばっかり見ていたが、改めて見ると澤村先輩も相当レシーブが上手い。その証拠に、あの及川先輩のサーブを一本で切ってしまった。


 その後は一進一退の攻防が続いた。菅原先輩と交代した直後は意表を突いた攻撃が上手く機能していたように見えたが、時間が経つにつれて劣勢という色が強くなってきた。徐々にだが、青城が烏野の攻撃に『対応』し始めてきている。

「あ、烏野セッター呼ばれた」

 誰かの声につられ烏野のベンチを見ると、ちょうど飛雄が烏養さんに呼ばれたようだった。

 よかった。試合に出られる。

 ホッと息を吐き出すのと同時に、掌がじんわりと傷んだ。見ると、掌に爪の跡がクッキリとついていた。無意識に握りしめていたらしい。



***



 17対16になったところで再びコートに戻ってきた飛雄は、一セット目の不調が嘘のようだった。交代早々リベロ相手にサービスエースを取り、日向とのいつもの速攻も綺麗に決まる。ブロックの金田一は反応すらできなかった。

 交代の間にちゃんと自分のペースを取り戻すことができるなんて、やっぱり飛雄はすごい。昔からマイペースな方ではあったけど、この数ヶ月でずいぶんと大人になってしまったような気がする。見ると、今だって珍しく月島君と話をしている。私の知る限り、二人が仲良く会話をするなんてことは無かったはずだから、それだけでも大進歩だろう。その変化はもちろん素晴らしいことだけど、同時にほんの少しだけ寂しくもある。


 点差は21対21。こちらは一セット目を落としている以上、このセットは絶対に獲らなければならない。

 タイムアウトが明けてすぐ、飛雄は月島君にトスを上げた。ブロックは二枚ついてきている。そんな中、月島君は華麗にフェイントを決めた。

「わぁ……綺麗。直前まで強打だと思ったのに……」

 そんな感想が口をついて出た。一連の動作が流れるようだった。それを見て、やっぱり月島君は上手いんだなぁと、改めて思った。

 その後も飛雄は月島君へトスを上げ、月島君は全て同じようにフェイントで対応した。最初は拾えなかった青城のリベロも、読んでいたのか三球目は普通に拾ってきた。

「やっぱ11番ブロック避けてるだけかも?」
「うちの監督だったら怒るよなーアレ。逃げてんじゃねー、つって」

 そんな声が聞こえてくる。……少しだけ腹が立った。あの頭の良い月島君が、そんな分かりやすい手を使うわけがない。たしかに覇気には欠けるかもしれないが、月島君は別にやる気が無いわけじゃない。意外と負けず嫌いだし。頭も良いし。背も高いし。それに……。

 ツラツラと頭の中で考えていると、次のトスも月島君へと上がった。リベロは当然次もフェイントが来ると思ったようで、いつもよりも前で待ち構えていた。すると、今度はフェイントなどでは無く、強打でそれを打ち込んだ。前に出過ぎたリベロには当然取れない。

「わあ! 見ました!? 凄い!! コレを狙ってたからあんなにフェイント連発してたんですね!! 凄い凄い! セットポイントですよ! セットポイ……ント……」

 隣で見ていた嶋田さんの腕を掴んでグイグイ引っ張りながらそう言って、ハッとした。嶋田さんは『呆気に取られた』という言葉がピッタリの顔をして、私を見ていた。

「あー……ごめんなさい……ハハ……」
「いや……大丈夫。ちょっと意外な面を見てビックリしただけ」
「俺も……」
「できれば……忘れてください……」

 もうサイアク。興奮しすぎた。死ぬほど恥ずかしくて、思わず手で顔を覆う。出来ることならこのまま消えてしまいたい。

 ……だって月島君があんなプレーするから。


 その後、その勢いのまま、見事飛雄と月島君がはじめ君のスパイクをブロックして、二セット目は終了となった。



***



 三セット目に入ったものの、序盤からラリーの応酬だった。

「どうだ! 勝ってっか?」

 三セット目が始まる直前に「ちょっと出かけてくる」と言って何処かへ消えたはずの滝ノ上さんが、ペットボトル片手に戻ってきた。ペットボトルの中には小石のようなものが入っている。どうやら即席で応援グッズを作ってきたようだ。

「まだほぼ引き分けです」
「ああ。とにかくラリーがすげー続いてて、見てる方もキツい……うおっ! また拾った!」

 いい感じに攻撃は仕掛けているはずなのに、何故かすんなり決まってくれない。やっぱり地力の差だろうか。その証拠に、ほぼ引き分けといっても、常に青城側がリードしていて、それに烏野が食らいついているという感じだ。チームの半分以上が三年生の青葉城西は、やはり安定している。
 だが、烏野には西谷さんが居る。単純に守備力だけなら負けていないはずだ。


 長く膠着状態が続いていたが、徐々に点差が開き出した。この三セット目の中盤で三点もの差がつくのは痛い。さすがに烏野側がタイムアウトを取った。

「さっきの及川、あんなネットギリギリでよく上げたな。スパイカーも当然のようにそれを打つ……」
「ああ、阿吽の呼吸って感じだな」
「あの二人は幼馴染なんです。もう小さい頃からずっと一緒にバレーをやってます。仲もすごくいいです。多分、お互いの考えてることはだいたい分かるくらいには」
「……ナマエちゃんよく知ってんな」
「従兄妹なんですよ。四番の方」

 はじめ君の方を指差しながらそう言うと、二人して「えっ!?!?」と声を上げた。

「……あんま似てないな」

 コート上のはじめ君と私を交互に見ながら、滝ノ上さんが言う。

「はは……あの男らしい目と眉が似なくて良かったです……」



 タイムアウトが明けて、烏野は今まで使っていなかった移動攻撃を使うようになった。
 小さな日向がコートの端から端まで一気に駆け抜ける。あまりのスピードにブロックも置き去りだ。音駒との練習試合で見た以来だが、久々に見るとやっぱり速い。

 その後も日向は走る。……が、次のトスは日向とは反対の、レフトの田中さんへと上がった。同じ攻撃のはずなのに、今までとは決定率が違う。上から見ていると日向のおかげで見るからにブロックが分散しているのが分かる。みるみるうちに点差が縮まり、とうとう烏野が青城へ追いついてしまった。たまらず青城もタイムアウトを取った。


「いい感じだな。このまま勢いに乗って逃げきれれば……」
「はい! 日向の囮のおかげでいい感じにブロック分散してるし、ブロードが機能してるうちに点差つけたいですね」


 タイムアウトが明けると、青城は日向の移動攻撃にブロックを付けなくなった。当然ノーマークで日向は打てることになるが、それでも攻撃は決まらなかった。リベロが落ち着いた様子で日向のスパイクを拾ったからだ。

「うわ……ブロックは捨ててディグだけで対応することにしたんだ……」
「だとしても対応早すぎだろ……」
「しかも次のサーブ及川だぞ!」

 及川先輩のサーブになってから、点差がみるみるうちに開いていく。再び三点差だ。

「こ、こういう時こそ声だ! 声出せ声! ナマエちゃんもだぞ!」
「わ、私もですか!?」
「行け行け「押せ押せ 烏野」」
「最初は行け行けだろ!? 合わせろよ!」
「二人とも落ち着いて! ほら、次日向のサーブだから……」

 会場に笛の音が響く。このタイミングの交代だからピンチサーバーだろうか。コートを見ると青い顔をした山口君が10番の札を手に持って立っていた。

「あ、山口君だ」
「ったっ!? 忠がピンチサーバー!?」
「あ、やっぱり山口君だったんですね、弟子」
「ナマエちゃん……そんな呑気な感じで言わないでくれ……」

 そう言うなり嶋田さんは頭を抱えて座り込んでしまった。消去法でそうではないかと薄々思ってはいたが、やっぱり山口君のことだったのか。

「繋心のやつ……せいぜいまだマグレ当たりがいいとこだって言っただろうがあぁぁあぁぁ……」
「そのマグレ当たりでさえ欲しいってことなんだろ。次取られたら青城は20点台に乗っちまう。流れを持ってかれたまま行かせたら、いよいよ追いつけなくなる。流れっつーのはどっからどう変わるかわかんねーもんなんだからさ」
「そうですね。とにかく今は色々やってみないと! ほら、烏野側は山口君ウェルカムっぽい感じだし!」

 コート脇で菅原先輩達が何やらポーズを決めながら山口君にエールを送っている。

 しかし、そんな応援も虚しく、ボールは地面へと落ちる。山口君の放ったボールはネットを越えることはなかった。

「あー、おしい。ネット越えなかったかぁ……」

 山口君、ドンマイだぞ。聞こえないことは分かっているが、そう思わずには居られない。

「えー……ピンチに突然出されて、失敗したら下げられちゃうんだぁ……」
「なんかカワイソ……」

 近くで見ていた女の子達が呟く。

「ピンチサーバーはそういう仕事なんだ。……その一本に試合の流れと自分のプライド全部乗っけてる。……でも忠個人にとって、今ここで悔しさと自分の無力さを知るチャンスがあることが、絶対にアイツを強くする」

 嶋田さんの言う通りだと思った。たしかに、端から見ていたらピンチサーバーなんて損な仕事だと、そう見えるのかもしれない。それでも、サーブ一本で試合の流れが変わることは、決して珍しいことじゃない。その証拠に、烏野側の空気がガラリと変わった。山口君だって、あそこでちゃんと戦ってるんだ。みんなと一緒に。……なんだか急に、羨ましくなった。


 点差は少しずつ狭まっていくが、あと二点がなかなか縮まらない。そうこうしているうちにとうとう青城のマッチポイントを迎えてしまった。

「あと一点だね!」

 女の子達が嬉しそうに呟く。無理もない。彼女達は青城の応援だ。でもこっちはどちらかというと烏野の応援なので、喜ぶわけにはいかない。烏野側は応援席もコートも、しんと静まり返っている。

「野郎共ビビるなぁー!!!」

 突如、会場内に西谷さんの声が響く。


「前のめりで行くぜ」


 そう言って、西谷さんは笑う。

 ああ、これだ。この人の、こういうところに憧れたんだ。みんなが心折れそうな時、支えるのがリベロだ。後ろは気にせず攻撃に専念しろと言ってのけるのがリベロだ。なんてカッコいいんだろう。なんだか涙が出そうだった。


 西谷さんの鼓舞もあり、烏野はなんとか青城に追いついた。同点になってからも、ラリーは続く。お互いまさに一進一退という言葉が似合うほど、点差が開くことなくじりじりと点を重ねていく。そしてとうとう30点を超えた。


「30点越えか……どっちもキツいな」
「けど烏野の方がギリッギリで繋いでるって感じか? 攻撃も単調になってきてるし」
「ダメです。そう思ったら負けちゃう。応援する側が気持ちで負けたらダメです」

 負けて欲しくない。負けたくない。いい試合だったで終わって欲しくない。まだまだ、烏野の試合が見たい。そのためにはこの試合、絶対に勝たなくてはいけない。


 勝って欲しい。烏野に。……そう思っていたのに。


 最後の一球、飛雄は日向にトスを上げた。それを待ち構えていたように、ブロックが綺麗に三枚ついた。隙間なく伸びた腕に阻まれ、日向の打ったボールはそのまま自コートの地面へと落ちた。

 この瞬間に、烏野の負けが決まった。
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