スノードロップ(前編)
三年生の美人な先輩に誘われて、バレー部のマネージャーを務めることになってから早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。
バレー自体は初心者だったが、簡単なルールくらいは体育で習ったので知っていた。それでも、スコアを付けたりドリンクを作ったり、やることは山積みで、想像していた以上に激務だった。私と同時期に入った、同じくマネージャーの谷地仁花が居なかったら、心が折れていたかも知れない。
東京での初めての合宿が終わり、ようやく宮城に帰ってきた。
バスを降りて、グッと身体を伸ばす。途中に休憩を挟んだとはいえ、さすがに片道四時間半もの間狭いバスの中で縮こまっていたのだ。身体全体が強張っているのを感じる。
「ミョウジ、お疲れ様」
「オツカレサマデシター」
背後から声をかけられ振り返ると、中学からの同級生で、同じくバレー部一年の山口と月島が居た。
「お疲れ様ー、気をつけて帰ってね」
「あれ、ミョウジは帰らないの?」
山口が不思議そうな顔で首を傾げる。
「この荷物だけ片付けたら帰るよ」
「遅いんだから気をつけた方がいいんじゃないの? 『一応』女の子なんだからさ」
「強調すんのやめてくれる?」
相変わらず可愛げのない月島をひと睨みすると、月島はケラケラと笑った。
「大丈夫? 方向一緒だし、待ってようか?」
山口が心配そうな顔をしてそう言った。相変わらず山口は優しい。だが、二人とも少し、というかかなり疲れている様子で、月島に至ってはしきりに欠伸を噛み殺している。早く帰らせてやった方がよさそうだ。
「同じ方向の人と一緒に帰るから大丈夫。また明日ね」
そう言って二人を見送ると、中途半端に残った荷物たちを部室へと運んだ。
荷物を片付け、いざ帰ろうかと思った時、事件は起こった。
体育館の横を通り過ぎようとした瞬間、ボールの弾む音が聞こえた。不審に思って中を覗くと、変人コンビと呼ばれる一年二人組がスパイク練習をしているようだった。
合宿が終わったばかりだというのに、一体何をしているんだろうか。半ば呆れたような気持ちで様子を伺うと、仁花の姿が見えた。おそらくボール出しを頼まれたんだろう。しかし、烏養コーチや顧問の武田先生は遅くならずに帰るようにと言っていた。このまま練習に付き合っていたら、仁花まで怒られてしまう。
とりあえず私は体育館の中へと足を踏み入れることにした。
「ねえ、早く帰れってコーチも先生も言ってたけど、一体君達は何してるのかな?」
一応ボールの途切れたタイミングで声をかけると、ほぼ同時に三人ともギクリと肩を震わせながら振り返った。
「なんだ、ミョウジか」
オレンジ髪の日向翔陽が、ホッとしたように息を吐き出した。
「遅くまで残ってると怒られるよ? 練習もほどほどにしないと――」
「もうやめる。これ以上やっても無駄だ」
私の言葉を遮るようにして、影山が言った。心なしかピリピリしているような印象を受け、思わず身構える。
「え……なに、どうしたの……」
「ひ、日向が……目つぶるのやめるって……言って……それで練習してたんだけど……」
なるほど。それであのミス連発か。
「打てないって分かっててトス上げるつもりはねぇ」
「だからこうやって練習して――」
「それが無駄だって言ってんだ! お前のワガママでチームのバランスが崩れんだろーが!」
胸ぐらを掴み上げながら影山が日向へ向かって声を荒らげる。そのまま力任せに突き飛ばされた日向が尻もちをついた。
「ちょっと、やめなよ! 何なの一体……」
「勝ちに必要な奴になら、誰にだってトスは上げる。……今も変わりねえからな」
影山に突き飛ばされた日向が、悔しそうに影山を睨み付けている。そして、いきなり影山の腰のあたりにしがみつくように突進していった。
「離せ!!!」
「嫌だ! トス上げてくれるまで離さない!!!」
負けじと日向が叫ぶ。
「ちょっと、いい加減にしてよ! ふ、二人とも! ちょっと一回離れなさい! 聞いてるの!? ……きゃっ!」
慌てて二人を引き離そうと間へ割って入るが、私なんかの力じゃあ到底男子高校生には敵わず、日向もろとも弾き飛ばされてしまった。
「いったぁ……」
途端に頬に鋭い痛みが走る。恐る恐る目を開けると体育館の床が見えた。ああ、床に打ち付けたんだな、などとどこか冷静な頭で考えるのと同時に、真っ青な顔をして飛んできた仁花の顔が見えた。
「ナマエ! だ、大丈夫!? 血が出てるよ!」
アワアワとした表情で指差され、そっと自分の手で頬に触れると、薄っすらとだが指先に赤色が付いた。
打っただけじゃなくて少し切ったのか。
「大丈夫。それより先輩呼んでこよう。私達じゃ止めるのは無理」
未だに収まる様子のない二人を見ながら、私と仁花は体育館を後にした。
その後、田中先輩を捕まえ、なんとか二人の諍いは収束した。
日向は仁花を送り、私は影山に送ってもらうことになった。
……といっても、会話はほとんど無い。もう、見事に無言。……気まずい。
元々バレー部に入るまで面識のなかった相手だ。中学の頃から付き合いのある月島や山口と居ることが多い私は、未だに影山とは業務連絡くらいしか話をしたことがない。
それに、背の高い影山は歩幅も大きく、気を抜くとすぐに置いていかれてしまう。最初は慌てて追いかけていたが、途中で諦めた。なにも二人仲良く隣に並んで歩く必要も無いだろう。あまりにも差がついたら、その時に追いかければいい。
形の良い後ろ頭を眺めながら、ふと、さっきの彼の様子を思い出した。
ピリピリとした空気、苛立ち、その全てに彼のバレーボール愛が詰まっているように感じた。この人はただ、バレーが好きで、バレーを愛している。……でもきっと、それは日向だって同じだ。
正直、そこまでの感情は自分にはまだ無い。このままマネージャーを続けていけば、彼らの様に愛せるようになるのだろうか。バレーを……。
「……悪かった」
影山の後ろ姿を眺めながらつらつらと取り留めのないことを考えていると、不意に影山が足を止めた。見ると、心なしか不安げな顔でこちらを見ている。頬に注がれた視線を見て、彼が私に怪我をさせた事に対して責任を感じているのだと分かった。
「大丈夫だよ。影山も大丈夫? 田中先輩に引っ叩かれたところ、痛そうだよ」
「……別に、なんともない」
少し拗ねたような表情でそう言って、再び影山は歩き出した。
先程と同じように歩いているはずなのに、影山と私の距離は開いていかなかった。影山が歩く速度を落としてくれたのだと思った。
私は歩く速度を少し上げ、そのまま影山に並ぶように隣へと移動する。すると影山もこちらをチラリと見て、私に合わせてゆっくり歩き出した。
「……影山があんな風に怒ったのは、バレーが大事だからだよね。日向だってそう。あんな風に正面からぶつかれるのってさ、相手も同じ気持ちだからだよね。……なんかいいよね、そういうの。青春って感じでさ。ちょっと羨ましい。私や仁花はまだそこまでいけてないから。私達もいつか二人みたいになれるのかな」
「なればいいだろ」
至極当然のことのように言われ、思わず影山を見上げる。
「なれるかな、じゃなくて、なればいいだけだ」
そう言い切る影山はとても美しかった。
この人は真っ直ぐだ。バレーに対して純粋なくらいに真摯に向き合っている。気高く、美しい。どうやって生きてきたらこんな風になれるんだろう。
「そうだね」
***
翌日、私は近所の『バレーボール教室』に出かけた。
昨日家に帰ると、玄関に置かれた回覧板とともに一枚のチラシが置いてあった。『プロが教える! バレーボール教室』と書かかれたそのチラシを見て、コレだ、と思った。別に自分がバレーをやりたいわけではないが、せっかくマネージャーになったのだし、見学だけでもして何か得られるものがあればと思ったのだ。
会場入り口に差し掛かったところで、見慣れた黒髪の男を見かけた。
「あれ? 影山……?」
見るとチャラそうな茶髪の男に向かって頭を下げている。
カツアゲされてる! 咄嗟にそう思い、慌てて影山とチャラ男の間に割り込んだ。
「あの! うちのセッターに何か用ですか?」
腕を広げるようにして男の前に立ちはだかると、男はキョトンとしたような視線を私に向けた。うわっ、よく見るとすごいイケメン。
「おい……!」
「だって謝ってたじゃない! 絡まれてるんでしょう!?」
そう言うと、イケメンのチャラ男は弾かれたように笑い声を上げた。
「あははは! 随分威勢のいいお姫様だね。それとも騎士かな? 頬っぺたの絆創膏がいい感じだね。王様にはピッタリなんじゃない?
じゃあね、飛雄。さっき俺が言ったこと、よく考えてみるんだね」
影山のことを飛雄と呼んだ男は、そう言って立ち去っていった。
「……知り合い……だったの?」
「ああ。中学の先輩だ」
「えっ!? そうだったの!? やだ、てっきり絡まれてカツアゲされてるんだと思って……」
「……ンなわけねーだろ」
少し呆れたような口調でそう言って、影山は小さく笑った。
「ミョウジはこんなところで何してんだよ」
「ああ、バレー教室っていうのやってるってチラシに書いてあったから……なんとなく足が向いて」
「それ、もう終わったぞ」
「そうなの!?」
なんてこった。無駄足だった。
ふと見ると影山も随分ラフな格好をしている。運動するにはもってこいだ。
「……影山も、バレー教室に来たの?」
問いかけに、影山はムッとした表情を返した。どうやら私同様間に合わなかったらしい。
きっと、昨日の日向との喧嘩を影山なりになんとかしようと模索しているのだろうと思った。
「……とりあえず、ここにいても仕方ないし、帰る? それか学校戻る?」
「戻ってどうすんだよ。体育館使えねーだろ」
「点検なんか何時間もかからないでしょ。戻る頃には終わってるかもよ? ……私に出来ることがあるなら、付き合うよ」
そう言うと、影山は少し考えるように黙り込んでから小さく頷いた。
坂ノ下商店に差し掛かった辺りで、影山の携帯が鳴った。
「……誰だ?」
見知らぬ番号でも表示されていたのか、影山の眉間にシワが寄った。
「はい。え、烏養コーチ? ……いや、学校に行こうかと。……はい。点検終わってないかと思って……」
影山がそう言いかけた時、すぐ後ろから「あ!」という叫び声が聞こえた。振り返ると烏養コーチがすごい顔をして走ってくるところだった。
「影山ァー!!!」
「うおっ!」
「わあ!」
烏養コーチは私たちの反応を気にすることなく影山の肩をガッチリと掴んだ。
「影山! 通り過ぎるな! 置いてこい! 止まるトスだ!」
コーチの言葉に二人してポカンと首を傾げる。
とりあえずと、店の中へと通され、ミーティングスペースのような場所へと座った。
コーチと影山はテンポがどうの、最高到達点がどうのと話しているが、なんの話だかさっぱり分からない。犬や猫にでもなったようだ。
でも、影山の顔は真剣そのもので、コーチの話を聞くうちに段々と表情が晴れていくのが分かった。
「分かりました。やってみせます」
そう言って鞄を持って立ち上がると、影山はチラリと様子を伺うようにこちらを見た。なんだろう。同じように影山を見つめ返すと、少し言いづらそうにしながら口を開いた。
「えっと……時間あったら……ボール出し、頼みたい……んスけど……」
ゴニョゴニョと語尾を濁しながら、普段私には使わない敬語まで使っている。
「ああ、もちろんいいよ。そのつもりだったし」
「……悪い」
「別に悪くないよ。じゃあ行こうか」
体育館に着くと、もうすでに点検は終わっており、職員室の武田先生に事情を話して鍵を借りた。
ネットを張り終えると、影山はネット近くにペットボトルを何個か設置した。一体何に使うんだろう。
「じゃあ、お願いしアス」
「あ、待って。私は何をしたらいい?」
いきなり始めますと言われても何をしたらいいかさっぱり分からない。
「俺の方に山なりにボールを放ってくれ」
「それだけでいいの? わかった」
言われた通りにボールを放るが、影山はしっくりいかないのか、しきりに首を傾げている。ひょっとして、私の投げるボールが上手くいってないのだろうか。
「あの……私の出すボールは今の感じでいい……のかな? ボールは一定にしてた方がいい? それとも、もう少し変化があった方がいい?」
「いや、今のままでいい。あと、ボールは一定にしててくれた方が助かる」
「分かった。まかして」
一定に。一定に。心の中で繰り返しながら、出来るだけ同じようなボールになるように放る。
何球か繰り返していると、影山の指先を離れたボールがカクンと下に落ちたように見えた。
「!?」
「あっ!!! 今! 下に落ちたよね!? ねっ! ねっ!」
「次! 頼む」
「はっ、はい!」
続けていると何球かに一度、下にカクンと落ちるようなボールが打てるようになってきたようだった。次第に影山の表情にも、迷いが無くなってきたように見える。
夢中で続けていると、突然お腹の辺りから「きゅうー」という音が鳴った。ハッとしてお腹をおさえる。
しまった。お腹が鳴ってしまった。めっちゃ恥ずかしい。影山も手を止めてこちらを見ているようだった。ようだった、というのは、恥ずかしくて影山の方が見れていないからだ。なんとなく視線を感じるような気がする。コイツ腹ペコかよとか思われていたらどうしよう。
「…………腹減ったな」
影山がポツリと言うのと同時に、影山のお腹からも「ぐうー」という音が鳴った。
「……うん。お腹、すいたね」
「……今日は帰るか」
「もう大丈夫?」
「ああ、コツも掴めてきたし、腹減ったし」
チラリと時計を見ると、既に数時間が経過していた。
「もうこんな時間なんだね。なんか楽しくて時間忘れちゃったよ」
本当に楽しかった。今まで出来なかったことや新しいことに挑戦して、出来るようになるというのは本当に素晴らしい。まさに青春って感じ。こういう瞬間に立ち会えてよかった。
ふと見ると、影山は少しポカンとしたような顔をしていて、私は首を傾げた。
「え、どうしたの?」
「いや……なんでもない」
なんだろう。変な事でも言っただろうか。
「とりあえず、片付けようか。帰りに坂ノ下寄ろうよ。お腹すいた。肉まん食べたい」
「……ミョウジも買い食いとかするんだな」
「そりゃするよ。一人で食べるの恥ずかしいから、影山も食べよ。奢ってあげる」
「……じゃあカレーまんがいい」
「カレーまん? そんなのあるんだ。おいしいの?」
「ああ」
メニューにあるのは知ってたけど、食べてる人を見るのは初めてかもしれない。
「わかった。じゃあ影山はカレーまんね」
坂ノ下商店に着くと、烏養コーチが驚いたように目を丸くした。
「何だ、今までやってたのか」
「はい。時間忘れちゃって、私の腹時計で気づきました」
へへへ、と笑いながらそう言うと、烏養コーチも同じように笑った。
「そりゃこんな時間まで練習してたら腹減っただろ。奢ってやるから一つ選べ。本当は家に帰ってちゃんと飯食ってほしいとこだけどな」
「えー! いいんですか!?」
「他のヤツらには内緒だぞ。あと、それ食ったらちゃんと帰れよ」
「はーい。じゃあ、肉まんとカレーまんください」
烏養コーチから肉まんとカレーまんを受け取って、影山にカレーまんを手渡す。なんとなくカレーの匂いがする気がする。カレーパンみたいな味なのかな。
そんな事を考えていると、影山が手元のカレーまんを半分に割った。
「ほら」
そう言いながら影山はカレーまんの片割れを私に差し出した。
「え?」
「見てたろ。食いたいんじゃないのか」
「……ちっ、違うよ! ちょっと初めて見たからどんな味なのかなって気になっただけで……」
慌ててそう言うと、影山はふっと吹き出した。
「食いたいんじゃねーか」
ほら。と言いながら、再び影山は促すように差し出す。見ると口元がうっすらと上がっている。笑った顔を見るのは新鮮だ。ちょっとだけ幼く見える。
「……じゃあ、私の肉まん半分あげるね」
手に持った肉まんを同じように半分に割り、影山のくれたカレーまんと交換すると、白と黄色のコントラストが可愛らしい、カレー肉まんが完成した。
とりあえず、その黄色い方を一口かじると、ふわりと口の中にカレーのスパイシーな香りが広がった。中の具は思っていたよりも辛くなく、ほんのりとチーズの味もする。
「美味しい……」
「だろ!?」
影山は満足そうにそう言って笑った。まるで少年のような屈託のない笑顔が眩しい。
気難しい人なのかと思っていたが、慣れれば案外可愛い人なのかもしれない。最初の頃に感じていた影山への苦手意識は、もう今は感じなかった。
***
その後も何度か影山の自主練に付き合ったが、日向とは一緒に練習することは無かった。日向は日向で練習しているみたいで、完全に影山とは別行動だ。
結局、日向と影山はまともに会話すらすることなく、森然高校での夏合宿を迎えてしまった。
合宿が始まってからは二人で自主練を再開するようになったようだが、あまり会話は無い。新しい速攻も、上手くいっていないようだった。
それでも、二人は諦めなかった。何度も何度も繰り返し練習を重ねながら、合宿三日目を迎えた。
練習後、影山が突然日向に向かってこんなことを言い出した。
「今日の夜から俺はお前と練習しない」
その場にいた私と仁花は当然凍りついた。二人の関係が悪化してしまったのかと思ったからだ。思わず日向の様子を伺おうとした瞬間、影山が再び口を開いた。
「俺がトス、ミスってるうちは練習になんねーだろ」
その言葉に、思わず三人で顔を見合わせた。関係が悪化したのではなく、一歩前に進むためだったんだ。日向と二人で。なんだか嬉しくなった。
「分かった! じゃあ俺は別のことする!」
日向が嬉しそうにそう言った。
解散する直前、ふと日向が立ち止まって私を見た。
「あ、そういえば。ミョウジまだココ治んねーの?」
そう言いながら、日向は自分の頬を指さした。先日日向と影山の喧嘩で怪我をした所のことだ。
「ああ、もうカサブタなんだけど、日に焼けると跡残っちゃうみたいだからさ。絆創膏してんの」
「マジ!? 跡残んの!?」
「分かんないけどね。一応顔だし、残らないように気を付けてるっていうか――」
「おい影山! どうすんだよ!」
「どうって何がだよ」
「跡! 女の子の顔だぞ! 責任取れよ!」
「はぁ?」
「ちょ、ちょっと! 日向、別に大丈夫だから……」
なんだか変な方向に話が進み始めている気がする。慌てて割り込むが、二人は全然私の話なんか聞いていないようだった。
「責任ってどうすりゃいいんだよ」
「んなもん決まってんだろ、ミョウジのこと嫁にもらってやれ」
「ちょっと日向! 変なこと言わないで。別に気にしてな――」
「分かった」
聞こえてきた言葉に、一瞬思考が停止した。
「……は? 分かった? え、分かったって何が……」
「もらえばいいんだろ。分かった」
影山は特に気にした様子もなくそう言った。真顔で。顔色一つ変えずに。
え? この人何言ってるの? 意味分かってるの? 私、飴やガムじゃないんですけど。お嫁さんってそんな簡単にもらうもの? え? どういうこと?
全然頭が回らず、ぽかんと口を開けたまま影山を見つめていると、隣で仁花が慌てた様子で言った。
「あ! ダメだよ! 男の子は18歳じゃないと結婚できないよ!」
「そうなの? じゃあ影山、とりあえず付き合えよ」
え? この人達何言ってるの? 思わず凝視するものの、仁花も日向も影山ですら私のことなんか見向きもしない。完全に三人だけで話してる。……あの……私、当事者なんですけど……。
「あの……ちょっと……待ってくれる……?」
「18歳ってことはあと二年くらいか?」
「影山君、誕生日いつ?」
「12月22日」
「じゃああと二年半くらいだね」
「つーか誕生日おっそ。俺6月21日。俺の勝ち」
「誕生日は勝ち負けじゃねーだろ」
「でも俺が先に年上になるじゃん。俺の勝ち」
「あぁ!?」
「ちょ、ちょっとストーーーップ!!! ……お願いだから話聞いて。私を置いて話を進めないで」
慌てて三人を遮るように割り込むと、日向が怪訝そうな顔を向けた。
「なんだよ、ミョウジ。あ、お前彼氏いんの?」
「いや……いないけど……」
すると今度は仁花がハッと息を飲んだ。
「じゃ、じゃあ好きな人が居るとか!?」
「いや、いないけど……。っていうか! か、影山にだって選ぶ権利はあるんだから! そんなホイホイ付き合うわけないよねぇ?」
「ああ、問題無い」
「ほら! そんな簡単に付き合……は?」
あれ、なんかデジャブ。さっきと同じじゃない?
「……え? なんて……?」
「付き合うんだろ? 別に問題無い」
影山は一切顔色を変えずに言い切った。
「……あっ、そう……」
そう言われてはもう何も言えない。仕方ない、じゃあ付き合うか。……って、あれ、付き合うってこういう感じでいいんだっけ? いや、付き合ったこととか無いんだけどさ。でも付き合うってもっとこう……。
「……え、マジで付き合うのかよ」
「お前が言ったんだろ」
「いや、言ったけども……。なぁ、ミョウジはそれでいいの?」
いきなり話を振られ、ハッと顔を上げる。
「いいも何も……」
ふと見ると、三人とも私もジッと見つめている。え、これ私が断っていい系? っていうか断るってことは私が影山を振るってこと? いや、影山は嫌いじゃないし、むしろどちらかといえば好……。とにかく、振る理由なんて思いつかない。
「……私も別に……問題ないです……」
やっとのことで言葉を吐き出す。
そう口に出すのが精一杯だった。