グランパ!
最近、気になる女子がいる。
髪はやや明るめの茶髪で、毛先はクルンとカールしている。そしてその髪が動くたびにふわふわと揺れる。
化粧はそんなに濃くないが、目鼻立ちがハッキリしているせいか、何処にいてもすごく目立つのだ。
そう。要はすごく可愛いんだ。思わず目で追ってしまうくらいに。
ただ、一つだけ難点がある。超絶可愛いだけあって、彼女の隣には常に男がいる。三年のクラス替えで同じクラスになってから夏休み明けの今日までの間に、俺が知っているだけでも二回彼氏が変わっている。
そう。彼女はすごくモテる。そして、そんな彼女が付き合うのは決まって運動部の男だ。サッカー部、バスケ部、野球部。それが何故なのかは分からない。ひょっとしたら運動部の男が好きなのかもしれない。なら、自分にだってチャンスはあるんじゃないだろうか。
最後に付き合った男とは休み明けに別れたと聞いた。チャンス到来だ。絶対に彼女をモノにしてやる。
「ああ、ナマエちゃんね。あの子、ホント可愛いよねぇ。でも意外だよね〜。英太君ってああいう子がタイプだったんだ」
天童がニヤニヤしながら言う。
一年の時に同じクラスだったらしい獅音にそれとなく聞くだけのつもりだったのに、何処から現れたのか、地獄耳の天童からは逃げられなかった。
天童のことは無視して獅音へと向き直ると、獅音は「うーん」と考え込むようにしてから口を開いた。
「ミョウジは良い子だよ。見た感じは派手に見えるけど、成績もいいし、何度か実験で同じ班になったけど、すごく真面目にやってたから」
「そうなんだよ! 俺が部活の試合で休んだ時も、ノート貸してくれてさぁ。しかもそのノートがすげー綺麗でさ。ホント良い子なんだよな……」
「へえー、英太君それで好きになっちゃったんだ? 英太君って結構純粋なんだねぇ〜。私服ダサいケドさっ」
「私服関係ねぇだろ!!!」
やっぱり思った通りだった。見た目は派手でも、中身は真面目で純粋で。彼氏がコロコロ変わるのが少し気になるが、きっと何か事情があるに違いない。
「ああ、でも……」
獅音が難しい顔をして何かを言いかけ、口を噤んだ。
「でも、何だよ」
「いや……何でもないよ」
「気になんだろ! 言えよ!」
「……ミョウジ、バレー部の奴とは絶対に付き合わないらしいぞ」
「ああ、それ知ってる。たしか俺らの一つ上の先輩も告白して『バレー部だから』って断られてたよねぇ〜」
何だソレ。なんでバレー部だけ断られるんだよ。
「そんなのただの偶然だろ?」
「……そうかもしれないけどな。ただ、ミョウジはわ――」
「あ! 若利君も去年同じクラスだったから、聞いてみよーよ。ほら、英太君!」
何かを言いかけた獅音を遮るように、天童に背中を押され、今度は若利のクラスへと向かった。
「ミョウジ? ミョウジがどうかしたのか」
「英太君がナマエちゃんのこと知りたいんだってさっ!」
「知りたいっていうかっ……気になるっていうか……」
誤魔化すようにそう言うと、若利は少しだけ考え込むようにしてから、一言ポツリと言った。
「ミョウジは……料理が上手い」
「料理? なんで若利がそんなこと知ってんだよ……」
「調理実習で同じ班になったことがある。ミョウジの包丁捌きは素晴らしかった。相当料理に慣れているのだろう」
調理実習かよ。ホッとしたのと同時にガクリと肩を落とした。でも真面目で成績も良い上に料理も得意だという事が判明して、先ほどよりもテンションが上がっているのが自分でも分かった。
「あと……ミョウジはわ――」
「若利っ! 英語の辞書貸ーしーてっ!」
突然そう言って顔を覗かせたのは、たった今話をしていたミョウジナマエだった。噂をすればなんとやらとはこの事か。
「ああ。これでいいか」
「ありがとー、助かるー。すぐ返すからね」
若利から辞書を受け取ると、不意にミョウジがこちらを見た。
「あ! 瀬見だ。何やってんの?」
彼女の大きな目がパチパチと瞬く。
「ああ……若利と……ちょっと話を……」
「ちょうどお前のことを話していた」
「若利っ!」
そうだった。コイツはそういう奴だった。
「私? なぁに? 変な話でしょー?」
「いやっ、そんなんじゃ……」
「お前のことが気になるそうだ」
「若っ……利……」
「若利君っておもしれぇ〜」
あー最悪。ほら見ろ。ミョウジは呆気に取られたような顔でこっちを見てる。ただでさえデカい目をさらにデカくして。すっげー可愛い。
「えっと……?」
「あー……その……」
「英太君、この状況で切り抜けるのは無理だと思うから、言っちゃった方がいいんじゃない?」
他人事だと思って好き勝手なことを言う天童をひと睨みすると、とりあえずミョウジを恐る恐る見る。
「その……俺、ミョウジのことが気に……」
「ゴメン。瀬見、バレー部だよね? 私、バレー部の人とは付き合わないことにしてるの。だから、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げ、ニッコリと笑う。
……は?
え、振られた。気になると言いかけただけなのに。いや、獅音と若利の話を聞いて、聞く前よりももっと気になってはいたが。いや、むしろもう好きになっていたが。
でも振られた。五秒で。
「じゃあ。若利、辞書ありがとねぇー。瀬見、また後でねぇ」
パタパタと手を振って、彼女は行ってしまった。
取り残された俺たち三人は茫然と立ち尽くす。
「英太君、ドンマイだねぇ〜」
「お前のせいだろーが! 若利! お前もだ!」
「俺か? 何故だ?」
「お前がっ…………何でもない」
無駄だ。この男に場の空気を読むとか、ましてや恋の駆け引きとか、そういったことが理解できるわけがない。
「じゃあ……またな」
「英太君、このまま教室戻んの? 勇気あるねぇ〜」
なおも茶化す天童を無視して教室を出る。
本当は教室に戻ろうと思っていたが、途中で頭が痛くなったので保健室へと向かった。
***
あんな事件の後も、ミョウジは何事もなかったかのように普通に俺に話しかけてきた。きっと、彼女にとっては日常茶飯で、告白されようが何だろうが驚くことでもないのだろう。
その数日後、体育館でミョウジの姿を見つけた。授業中ではなく、放課後に。つまり、バレー部の練習を見にきていたのだ。
「なんで……」
呆然と見上げると、またもや天童の声が耳に届いた。
「ナマエちゃん、時々見に来るんだよね〜、英太君、知らなかった?」
「そうなのか?」
全然気づかなかった。今まで同じクラスになったことも無かったし、元々うちのバレー部にはギャラリーが多い。その中に彼女が紛れていたとしてもなんら不思議ではない。
「一体誰目当てなんだろうねぇ〜?」
天童がニヤニヤとした笑みを浮かべている。見ると手に紙袋を持っている。見るからに誰かへのプレゼントだ。
ひょっとして、バレー部の中に次の相手がいるんだろうか。いや、そんなわけはない。数日前、『バレー部だから』という理由だけで振られたのだ。もし次の相手がバレー部に居るというならそれこそ納得出来ない。
とはいえ、今は部活中だ。春高予選を控えている今、他の事を考えている余裕なんかない。
俺はミョウジから視線を外し、目の前のコートへと向けた。
練習が終わって、ミョウジが降りてきた。
「お、瀬見! お疲れー。春高予選、もうすぐだね」
目が合うなり、そう言ってパタパタと手を振りながら近づいてくる。
「久々に見たけど、やっぱり白鳥沢のバレーっていいよね。見てて気持ちいいなーって思った。私、好き」
「バレー……好きなのか?」
「まぁね。小さい頃から観てたからさ〜。二年のパッツン前髪君もいいけど、私はやっぱり瀬見の強気なセットアップも好きだな〜」
そんな事を言って笑う彼女の事が、やっぱり好きだと思った。
「そっか。ありがとな」
「いいえ、どういたしまして」
そう言って、彼女はクスクスと笑った。
ふと視線を落とすと、手に持った紙袋が目に入った。やはり気になる。誰に渡すんだろう。そいつのことが好きなんだろうか。バレー部のやつとは付き合わないんじゃなかったのか。そんな言葉が浮かんでは消える。
このまま何もせずにいるなんて、やっぱり自分には出来そうにない。往生際が悪いと言われようが何だろうが、構うものか。
「ミョウジ、ちょっといいか」
「なに?」
小首を傾げながらついてくるミョウジを連れて体育館を出る。
「……俺、やっぱりミョウジが好きだ」
「あー……えっと……、この間も言ったけど、私バレー……」
「バレー部だからって理由だけで振られるなんて納得出来ない。バレー部の俺じゃなくて、一人の人間として俺を見てくれ」
彼女が再び大きな目を見開いて、俺を見る。
「答えはすぐにじゃなくてもいい。それでも、待ってるから。考えてくれないか。俺のこと」
彼女はしばらく黙ったまま俺を見て、やがてニッコリと笑った。
「へぇー。カッコいいね、瀬見。いいね、見直した。バレー部にも根性ある奴居るんだね」
そう言って、ふふふと笑うと、「あっ」と顔を上げた。
「ちょっとごめん。用があるんだった。じゃあ考えておくね」
「えっ、あ……おう……」
とりあえず前回振られたのはこれで撤回できたのだろうか。一歩前進か? 心の中で小さくガッツポーズを決めたのと同じタイミングで、後方から彼女の声が聞こえた。
「じいじー、ごめんごめん、お待たせ」
「コラ! 学校では『鷲匠先生』って呼べっつったべや!」
「ゴメンゴメン。はい、コレ。敬老の日!」
ジャジャーンと言いながら中から小さな包みを取り出すと、その場でバリバリと破いた。
「ほら! セーターだよ! どう? 気に入った?」
「なんだ、おめぇが選んだんか」
「あったりまえじゃん! 寒くなってきたし、似合いそうだし。じいじこの色好きでしょー?」
「おう。いい色だな」
見たこともないようなデレデレした顔をして会話をする鷲匠監督と、ミョウジの後ろ姿を呆然と見つめる。
二人は楽しそうに会話をしながらその場を立ち去った。
え、次の相手って鷲匠監督なのかよ。歳違いすぎんだろ……。いや、そんなわけないか。ダメだ。混乱しすぎて頭がおかしくなっている。
「さすがにそれはないでしょ〜。孫だよ、可愛い可愛い孫娘」
いきなり心を読まれたように耳元で天童の声がして、ギョッとして振り返ると、バレー部メンバーが集結していた。
「何なんだよお前ら!」
「よかったねぇ〜英太君。振られたの撤回してもらえてさっ」
「聞いてんじゃねー! っていうか知ってたのかよ! 孫って何だよ! よりによって鷲匠監督かよ!」
「なんだ、やっぱり瀬見は知らなかったのか」
「知らねえよ! 言えよ! 獅音も若利も!」
「いや、俺は言おうとしたんだが……」
「ああ、俺もだ」
だからバレー部とは付き合わないって、そういうことかよ……。
「っていうか瀬見さん、勇気ありますね」
「ホントホント、あの先輩って超可愛いしモテるけど、クッソ怖い爺さんがいるから皆逃げ出すって有名なんスよ。まぁそれが鷲匠監督なのは俺も知らなかったけど」
しれっとした顔で言い放つ白布に続いて、川西までもがそんな事を言う。
「俺だって今知ったわ……」
大きく息を吐き出すと、天童がニヤニヤとした笑みを浮かべながらこちらを見た。
「で? 英太君は怖気付いちゃったわけ? やっぱりやめますってナマエちゃんに言ってきてあげよっか?」
「……やめねーよ。アイツを好きなことは変わらない」
鷲匠監督の孫だからなんだって言うんだ。そんなの関係ない。
俺はセッターとしては監督に認めてもらえなかったかもしれないが、孫娘の彼氏としては絶対に認めてもらう。いや、認めさせてみせる。
「さっすが英太君、男前〜。あ、ちなみにナマエちゃん、お爺ちゃんっ子だから、付き合うには鍛治君をクリアしないと無理だよ」
「……」
み、認めさせ……認めてもらえるように……が、頑張る。
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