(14話)
どうかしてる。さっきから動悸が治まらない。
「そりゃイケメンにお姫様抱っこされたらね」
「やめて! そういうんじゃないから。変な言い方しないで。綾乃、絶っ対にヒナに言わないでよ!?」
「分かってるって」
綾乃が呆れたような顔をしながら言う。あー、やっぱり言うんじゃなかった。ヒナが委員会で居なくて本当によかった。もし知られていたら、狂喜乱舞してここぞとばかりに月島君とくっつけようとしてくるに違いない。
「でもさ、珍しいじゃん。ナマエがそこまで動揺するなんて」
「動揺なんてしてないから」
「中一の時に体育祭で盛大に転んで岩泉先輩に抱っこされた時は全然平気そうだったのに」
「はじめ君は従兄だもん。それに、あれは抱っこって言わないから」
そう。中学一年の体育祭、私はリレーの選手に選ばれた。
走り出しは順調だった。最終コーナーを曲がる時、前を走る生徒が転んだ。その足に躓き、私も転んだ。それはもう盛大に。回転レシーブさながらに。しかもものすごく痛かった。
だが、そこまではいい。私だって伊達に転び慣れていない。たとえそれがサポーター無しだったとしても、校庭で砂に塗れながら転んだんだとしても、なんとか立て直せる。
そう。なんとか起き上がって私は次の走者にバトンを手渡したんだ。
むしろその後だ。悲劇は。
「カッコよかったよね、岩泉先輩。猛スピードで走ってきたかと思ったらナマエのことヒョイって担いでさ」
「全校生徒の前で米俵みたいに肩に担がれた私の気持ちは一生綾乃には分かんないから。思い出したくないからそれ以上その話しないで」
はじめ君は昔からデリカシーというものが欠けている。
「ごめんごめん。あの絵面は衝撃的だったからさ、なかなか忘れられないわけよ。……で? ホントのところどうなの?」
「……何が?」
「月島君」
あー、やっぱり言うんじゃなかった。
「無いから。恋愛とか、そういうのする気ない。それに、月島君にも釘刺されたし。『助けたのに意味は無いから勘違いするな』って」
「……月島君が? わざわざ?」
不思議そうな顔をして綾乃が言う。記憶を辿るが確かにそう言われた。
「うん。月島君ってモテそうじゃん? きっとそういうの煩わしいんだよ。はい、だからこの話はもうおしまい」
綾乃は腑に落ちないような微妙な顔をしていたけれど、この話を一刻も早く終わらせたかった私は見ないフリをした。
***
恋愛だのなんだのは置いておいて、助けてもらったのだからお礼はするべきだと思い、とりあえず学校帰りにスーパーへ寄った。
お礼は消えるものがいいと思ったので、お菓子を買うことにした。お菓子大好き。選んでいるだけで楽しくなってくる。
お菓子売り場のパッケージはどれも可愛くて、ついつい買い込んでしまったが、どうせ買ったものの大半は私のお腹に入る予定なので問題は無いだろう。
あとはこれを数個ずつまとめてラッピングでもすればそれなりに見えるはずだ。
別に見栄を張りたいわけでは無かったが、木に登って降りられなくなり、助けてくれた人を下敷きにして、更に抱えて保健室まで運ばせてしまった。これ以上汚点を作りたくないのだ。お礼くらいは完璧にしたい。
***
「はい、これどうぞ」
昨日ラッピングしたお菓子を差し出すと、月島君は無言でそれを見つめた。
「なにこれ」
「お菓子。飴と飴と飴。これとこれはクッキー。作ってないよ。買ったやつ」
カラフルなパッケージをそれぞれを指差して説明すると、月島君は無言で私を見つめた。
「それは見れば分かる。なんで僕に? ってこと」
「あぁ、助けてくれたお礼。あと、踏み潰しちゃったお詫び」
もう一度改めて差し出すと、月島君は差し出された袋を見つめ、手に取った。
「わざわざどうも」
「あ、山口君も。はい、どうぞ」
ちょうど月島君の席へやってきた山口君にも同じように袋を手渡すと、驚いたように瞬きを繰り返した。
「えっ、俺も?」
「山口君、月島君といつも一緒にいるから」
その言葉に、月島君がプッと吹き出した。
「お前はオマケだってさ、山口」
「そんなこと言ってないじゃん! オマケは月島君の方だよ。ほら、少し多いからね」
「あ、ホントだ。ツッキーの方が沢山入ってるね」
月島君と山口君の包みを交互に指差すと、月島君がボソッと「そういう意味じゃないんだけど」と言った。
「なんか気を使わせちゃってゴメンね」
恐縮したように山口君に言われ、私はブンブンと首を振った。
「山口君にもお世話になったからいいの」
そう言うと、月島君は首を傾げた。
「何それ。いつの間に仲良くなったの」
「それは内緒でーす」
しーっと、口元に人差し指を当てて言うと、月島君は「あっそう」と呟いた。
「っていうか……なんでイチゴ味ばっかりなの」
月島君は先ほどの袋をプラプラと揺らしながら、呆れたような顔で言った。
え? と思いながらその袋へと視線を落とす。言われてみれば、いちごみるく味の飴に、期間限定イチゴ味のクッキー。イチゴクリームの挟まったビスケット。全体的にピンク一色だ。
そういえば、スーパーに並ぶパッケージがどれも可愛らしくて、ついつい期間限定のものばかりを選んでしまった。バランス考えればよかった。完璧にしたかったのに失敗した。
「……は、春だから?」
「答えになってないデショ」
「だって期間限定だったんだもん。あ! ひょっとして月島君、イチゴ嫌いだった……?」
その可能性は考えていなかった。焦りながら問いかけると、月島君ではなく山口君が答えた。
「大丈夫だよね。ツッキー、ショートケーキ好きだし」
「……山口、だまれ」
「ゴ、ゴメン! ツッキー!」
意外な答えに目を丸くすると、月島君は気まずそうに目を逸らした。照れているのか心なしか頬が赤いように見える。
「……ショートケーキ……好きなんだ……?」
すると、月島君は不機嫌そうに眉間にシワを寄せながら私を睨んだ。
「……悪い?」
ムッとした顔で問われ、慌てて首を振った。
「ううん。悪くない悪くない」
可愛いなって思って。流石に口には出せないが、そう心の中で呟く。
そうか、ショートケーキか。じゃあきっと月島家の誕生日ケーキはイチゴショートなんだろうな。この背の高い無愛想な男の前に、ちょこんとケーキの乗った皿が用意されているのを想像したらますます可愛らしくて、思わず口元が緩んだ。
「何ニヤニヤしてるの。気持ち悪い」
「ちょっと、気持ち悪いってやめてよ。なんか傷つくんですけど」
口を尖らせて言うと、月島君はニヤリと笑った。
「じゃあ気色悪い」
「同じじゃん。むしろもっとやな感じするし」
「じゃあなんて言えばいいのさ」
「いや、そんなことわざわざ言わなくてよくない? 悪口でしょそれ」
目を細めてじっと見つめていると、ふと月島君の視線が動いた。
「……何、山口」
その言葉に、私も山口君へと視線を向ける。
「いや、別になんでもないよ」
やり取りを見ていなかったのでよく分からないが、山口君は少し慌てた様子で小さく首を振っていた。そんな山口君を見て、月島君は意味ありげにため息をついた。
「え? なに? 何かあったの?」
山口君と月島君を交互に見ながら問いかけると、月島君が先に視線を逸らした。
「内緒」
「なにそれさっきのお返し?」
「ほら、授業始まるから山口は席戻れば?」
私の問いかけは綺麗に無視して山口君を促すと、月島君は授業の準備を始めた。無視されたことでムッと口を尖らせれば、月島君は呆れたように笑った。
「早く君も前向きなよ」
「はーい」
とりあえず私も前を向き、ガサゴソと机を漁る。教科書を机に出して、ふと思い出した。
「あ、そうだ。もうすぐインハイ予選でしょ? 見に行くからね」
振り返ってそう言うと、月島君は少しだけ驚いたような顔でこちらを見つめた。
「なんで?」
「なんでって……日向に言われたから。初日っていつだっけ?」
言いながら手帳を取り出すと、月島君が「6月2日」と言いながらその日付を指差した。
「「あ」」
その日に書かれた『9:00病院』という文字を見て、二人同時に声を上げた。
「病院じゃん。どこか悪いわけ? 頭?」
「頭も悪いけどこれはただの定期検診ですねー」
月島君の嫌味をサラリとかわす。慣れてしまえばこのくらい可愛いものだ。かわされた月島君の方も、特に気にした様子もない。
「定期検診って、足の?」
「そう。んー、どうしようかな……試合何時から?」
「午前中だったと思うけど。勝てば午後も」
「そう。じゃあ午後から行くわ」
「勝つ前提とか……」
月島君が呆れたように笑う。
「勝つでしょ?」
「君のそういうところ、ホント王様にそっくりだよね。さすが女王様って感じ」
「……鞭で叩いてやろうか」
じっと目を細めて月島君を睨みつけると、月島君はニヤリと笑った。
「君はどちらかというと叩かれる方が好きそうだけどね。ほら、前向きな」
グっと頭を掴んでそのまま強引に前を向かされたことにより、首筋がビキっと音を立てた。
「ちょっと! 痛かった! 乱暴者!」
「大げさだなぁ」
「おーい、ミョウジ、月島。イチャイチャするのは休み時間にしなさい」
いつの間にか来ていたらしい教師の声に、教室でドッと笑い声が起きる。
「し、してない!!!」
慌てて立ち上がってそう言うと、後ろからため息が聞こえた。振り返ると月島君の面倒くさそうな顔が目に入った。
心臓がドクンと嫌な音を立てた。
あ、マズイ。同じだ。
周りに揶揄われ、それが嫌で段々と話すのが怖くなり、目も合わせられなくなる。
せっかく少しずつ普通に話せるようになってきたのに、月島君とも気まずくなってしまう。
嫌だ。どうしよう。
段々と心臓の鼓動が速くなり、手が震え、変な汗が出てくるのを感じる。
「……座ったら? 授業始まるよ」
すぐ後ろから月島君の小さな声が聞こえた。
不意に意識を現実に戻され、ハッと辺りを見回すと、立ち上がったままの私を不思議そうに見つめるクラスメイトと教師の顔が目に入った。
「っていうか座ってくれる? 前見えないんだけど」
再び声をかけられ、ストンと席に着いた。
授業の内容は殆ど頭に入らなかった。幸い当てられることもなかったので、ノートは真っ白だが授業には支障は無かった。板書は後で綾乃か誰かに写させて貰えば良い。
まだ手が震えている。怖くて後ろを振り返ることが出来ない。
「授業終わったよ。片付けないの?」
言われて机に出しっぱなしの教科書に目をやる。
「……いま、片付ける……」
後ろを振り返らずに言うと、月島君が少しだけ身を乗り出してこちらを覗き込んだ。
「ねぇ、なんか顔色悪くない?」
いつもと変わらない口調に、恐る恐る振り返る。
「……何? っていうか本当に顔真っ白だけど。どうしたの」
普段の無表情に加え、少しだけ眉を寄せている。だが、気まずさや嫌悪している様子は無い。
本当に普段通りの彼の様子に、徐々に動悸と呼吸が落ち着いてくる。
「月島君……」
「何?」
「……ノート見せて」
「ノート? 今の?」
怪訝そうな顔で問いかけられ、コクリと頷いた。
「いいけど。何、本当に具合悪いんじゃない? 保健室行けば?」
「……大丈夫」
「……まぁ、いいならいいけど。いきなり倒れるとかやめてよね。僕は運ばないから」
思ってもみない言葉に、思わず目を瞬かせた。
「……運んでくれるの?」
「運ばないって言ってるじゃん。話聞いてた?」
「だって……運ぶかもしれないって思ったから、そう言ったんでしょ?」
「……位置的に僕が運ぶ羽目になりそうだっただけだよ」
ムスッとした顔でそう言う月島君がなんだか可愛く見えた。
「……何」
「いや、月島君ってなんだかんだ言って結構優しいよね」
「はぁ?」
眉間にシワがグッと寄る。あ、怒らせた。マズい、調子乗った。
「あ、なんでもないです」
慌てて手をバタバタと振りながら、ははは、と笑うと、月島君は面倒臭そうにため息をついた。そして机の中から一冊のノートを取り出すと、私の頭の上にポンと乗せた。
「ほら、写すんデショ」
「ありがとう」
手を伸ばすと、ヒョイとノートが逃げる。
「ちょっと!」
「ああ、ごめーん。手が滑った」
そう言って月島君が笑う。
よかった。元どおりだ。今までと、何も変わらない。
やっぱり恋愛なんて無いほうがいい。
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