(13.5話)
席替えで、うるさい女の後ろの席になった。
前に座る彼女を何の気無しに見つめる。彼女は授業に集中しているのか、熱心にノートを取っていた。ふと、芯が切れたのか、シャーペンをカチカチとノックしだした。しきりに首をかしげながら、カチカチとノックしたり、軽く振ってみたりを繰り返す。
カチカチカチ。
カシャカシャカシャ。
やっぱりうるさいな。僕はこっそりとため息をついた。別に喧しい声を出したわけじゃない。立ち上がったりして騒ぎ立てたわけでもない。ただ、なんとなく存在がうるさい。自然と視界に入ってくる。……前の席だから仕方ないのか。
二度目のため息をつきながら再び視線を前方へと移すと、今度はやや前かがみになっている。一体何をしているんだろうと様子を窺うと、バラバラになったシャーペンのパーツがノートの上に散らばっていた。先程までカシャカシャとシャーペンを振っていたが、今度はそれを分解したらしい。先程シャーペンをカチカチ鳴らしていたのは芯が切れたのではなく、きっと壊れて芯が出なかったからなのだろう。彼女の手元には長い芯も転がっている。あんなバラバラにしてしまって直せるのだろうか。不器用そうだし。そんなことを思われているとはつゆ知らず、彼女は時折首を傾げながら熱心に組み立てを続けていた。
っていうか、なんで一本しか持ってないんだよ。他のペン使えばいいだろ。馬鹿じゃないの。あー、イライラする。だからこの席は嫌だったんだ。
イライラを吐き出すように深く息を吐き出すと、筆箱から予備のシャーペンを一本取り出し、ペン先とは逆の方で女の背中を突っついた。
「ん?」
解体ショーを中断して彼女が振り返る。彼女は不思議そうな顔で僕を見つめていた。とりあえず何も言わずに手に持ったシャーペンを差し出すと、彼女は差し出されたシャーペンと僕の顔を交互に見つめた。
「……使えば?」
短く声をかけると、彼女の瞳が少しだけ大きくなった。そして小さな声でひそひそと言った。
「シャーペン、私に貸しちゃったら、月島君は何で書くの?」
「一本しか持ってないわけ無いデショ。あと二本あるから平気」
声を落としてそう言うと、彼女は少しだけ恥ずかしそうに笑い、「そっか」と言った。
「ありがとう。シャーペン一本しか持ってなくて困ってたんだ」
へへへ、と笑いながら肩をすくめると、彼女は僕の手からそっとシャーペンを受け取り、再び黒板へと向かった。
授業が終わるとすぐに彼女が立ち上がり、先ほど貸してやったシャーペンを僕へと差し出した。
「シャーペン、ありがとう」
差し出されたシャーペンを無言で見つめる。
「……授業、まだあるけど」
「うん。購買で買ってくる」
「なんで? それ使えばいいじゃん」
「えっ……?」
驚いたように目を瞬かせる女に、再びイラッとした。
「嫌ならいい。返して」
ペンを取り返そうと手を伸ばすと、女は慌ててそれを引っ込めた。
「やっ、ダメ! 借りる! 借ります! 貸して、ください……」
そう言いながら、女は大事そうに両手で包み込むようにシャーペンを持つ。
「……どうぞ」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑って小さく「ありがとう」と言った。そしてそそくさと席へと戻り、貸してやったシャーペンを筆箱にしまうと、再びバラバラになったシャーペンの組み立てを始めた。……まだ続けるのか。
変な女。心の中でそう呟くと、僕も次の授業の準備を始めた。
別に助けてやろうとか思ったわけじゃない。ただ単にうるさかったから。授業に集中したかったから。……ただそれだけだ。
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