- ナノ -


(10話)



 翌日登校すると、下駄箱の手前で見慣れた長身の二人組の姿がこちらに歩いてくるのが見えた。

 山口君と月島君だ。朝練の後だろうか。

 ふと、山口君が顔を上げる。パタパタと手を振ると、山口君は少し驚いた顔をしてから、戸惑ったように辺りを見回して、小さく手を振り返してくれた。そんな山口君をチラリと見て、月島君は山口君の視線を辿るように私の方を見た。だが、その視線はすぐに逸らされる。

 山口君達が到着するのを待って、「おはよう」と声をかける。月島君は目も合わせないまま「おはよう」と言って横をすり抜けたが、山口君は少し照れたように笑って「おはよう」と返してくれた。


「山口君、昨日はありがとう」
「昨日?」

 山口君はキョトンとした顔で首を傾げた。

「昨日、体育館で飛雄を呼んでくれたでしょ? おかげで助かっちゃった。本当にありがとう」
「そんなの! 全然!」

 にっこり笑ってお辞儀をすると、山口君はアワアワしながら首を振った。

「山口、先に行くよ」

 そんな山口君をチラリと見て、月島君はさっさと教室へと向かってしまった。


 相変わらずの刺々しい態度に、口からため息が漏れる。山口君とは普通に話せるのに、どうして月島君とはこんなにピリピリしてしまうんだろう。

 やっぱり嫌われてるんだろうな。

 別に仲良くなりたいわけではないが、クラスメイトから嫌われているという事実は少なからず私の心に影を落とした。


「あ、あのさ。ミョウジさんって、ツッキーのこと……嫌い?」

 山口君が控えめに私に問いかける。

「嫌いじゃないけど……苦手。だって向こうは私のこと嫌いでしょ。いっつもあの態度だもん」

 不機嫌そうに寄せられた眉、憂鬱そうなため息、月島君が私を見るときはいつもそうだ。好かれているとはお世辞にも思えない。自分のことを嫌っている相手を好意的に見るのは、正直言って難しい。

「ツッキーが嫌ってるのは……ミョウジさんじゃ無いと思う」
「どういう意味?」
「ツッキー、影山と仲悪いから……」

 そう言いながら山口君は困ったように笑った。確かに、青城との練習試合の時も先日の部活中も、二人が話をしている様子は見受けられなかった。飛雄は誰とでも仲良くなれるタイプではないけれど、それを差し引いても二人の間には壁みたいなものがあるのを感じる。

「うん。たしかに合わなそう。でも、それでどうして私にもあんな態度?」

 飛雄との仲が悪いからって、何であんなあからさまな態度を取られなければいけないんだろうか。中学時代、及川先輩と仲良く話していてクラスの女子から総スカンを食らったことはあるが、男子からは初めてだ。


 すると、山口君はとんでもないことを言い出した。

「えっと……影山と付き合ってるんだよね?」
「……はぁっ!? 付き合ってないよ!」

 あまりのことに一瞬思考が停止した。なんだそれ、誰がそんなこと言ってるんだ。そういえば昨日菅原さんにも言われた。ひょっとしてバレー部の人から飛雄と付き合ってるとか思われてるんだろうか。

 ブンブンと首を振りながら否定すると、今度は山口君がビックリしたように目を見開いた。

「えっ!? そうなの!? 仲良いみたいだからてっきり……ゴメンね」

 困ったように頬をかきながら山口君が笑う。

「飛雄とは小学校からずっと一緒なんだ。バレーチームも同じだったから、仲良く見えたんならそれでだと思う」
「そうなんだ。じゃあ俺とツッキーと同じだね。俺たちも小学校から同じで、同じバレーチームに入ってたんだ」
「そうなんだね。じゃあ山口君達も幼馴染なの?」
「うん。まぁそうなるかな」

 そうか。それでこんなに仲が良いのか。きっと、山口君は私の知らない月島君のことを色々知っているんだろうな。

「ねえ、山口君にとって、月島君ってどんな人?」
「えっ、ツッキー?」
「そう。私は月島君の意地悪全開なところしか見たことないからさ。山口君から見たらどんななのかなって」
「えっと……、ツッキーはカッコよくて、背も高くて……。昔からソツなく何でもこなしちゃうんだ。初めてやることでも、ツッキーは失敗なんかしなくて……ホント……ホントにかっこいいんだよ。あと、頭も良いから相手の攻撃読むのも上手くて。だからブロックだって上手いんだ! だから……その、もったいないなって……」

 それまで目をキラキラさせて語っていた筈の山口君の表情が、一瞬、曇ったように見えた。

「もったいない……?」

 そう問いかけると、山口君はハッとしたような顔で私を見て、慌てたように目を白黒させた。

「あっ、えっと……そんなすごいツッキーだから、ミョウジさんの中でツッキーがただの嫌な奴になっちゃってたらもったいないなーって! その……そういう意味」

 ほんのりと山口君の頬が赤い気がする。照れているような表情が少しだけ可愛いらしい。

「大好きなんだね、月島君のこと」
「えっ!?」

 山口君がどれだけ月島君のことを大事に思っているか、なんとなく伝わってきた。同じような環境で育ったといっても、私と飛雄だとこうはいかない。
 どれだけ飛雄を大切に思っていても、男と女が仲良く話しているだけで、周りは恋愛に結びつける。私が女だということが常に付きまとう。窮屈だ。いっそ男に生まれればよかった。そうすれば誰にも何も言われずに済むのに。

 堂々と一緒に居られる山口君と月島君がほんの少しだけ羨ましかった。

「いいね。男の友情って感じ。羨ましいな」
「そ、そうかな……。俺が勝手にツッキーに付いてってるだけだけど……」
「そんなことないよ。私はまだあの人のことよく知らないけど、月島君って誰でもウエルカムなタイプじゃないよね、きっと。その月島君がそばにいることを許すってことは、心を許してるからじゃない? はたから見てると仲良さそうだなって思うよ」
「そうかな……」

 そう言って、山口君は照れたような笑みを浮かべた。
 山口君は良い人だ。その山口君がここまで慕っている月島君が、ただの嫌な人な筈がない。

「よし分かった!」
「わ、分かったって……?」
「私、月島君と話してみる!」
「えっ!? 話すって何を? あ! 俺が余計なことベラベラ話したってことは――」
「言わない言わない! えっと……私、月島君のことちょっと苦手だったから、きっと私も嫌な態度取ってたかなって思って。でも、同じクラスになったのも何かの縁だよね。苦手意識持たずに、普通に話してみるよ!」

 そうだ。苦手意識を持つからいけないんだ。きっと話してみたら月島君だって山口君みたいに良い人に決まってる。……あの嫌そうに眉間にシワを寄せた顔だって、人を馬鹿にしたように口元を歪めながら笑う顔だって、まるでゴミを見るように見下ろす冷たい目だって、きっと……きっと……慣れればきっと……。

「あの……無理しないでね」
「だ、大丈夫! まかして! 私、性格悪いのなら及川先輩で慣れてるから!」

 軽くガッツポーズを決めながらそう言うと、山口君は微妙そうに笑った。



***



 そうは言ったものの、用事が無ければ月島君と話す機会などなかなか無い。会えば挨拶くらいはするが、それだけだ。特に話などはしないまま二日が経ってしまった。明日からは大型連休に入ってしまう。

 山口君に偉そうに言ったものの、正直なところ少し面倒くさくなっており、なんかもう別に話さなくてもいいかなーなどと思えてくるから、我ながらいい加減だ。

 はぁ。大きくため息をつきながら、何の気なしに廊下へと視線をやる。すると、扉からオレンジ頭がぴょこっと飛び出した。

「あ! いた! ナマエ!!!」
「日向? どうしたの?」

 日向は私の席まで駆け寄ると、太陽のような笑顔を向けてきた。相変わらず眩しい。

「なあ! 音駒って知ってる?」
「ネコ?」
「違う! 音駒高校! 東京の高校!」

 いきなり訳の分からないことを言い出した日向に、思わず眉を寄せる。

「んー……。ごめん、分かんない。その音駒高校がどうしたの?」
「GWに合宿すんの! んで、その音駒と試合すんだって!!」

 合宿というのは、おそらくバレー部の合宿だろう。連休に合宿をするなんて、結構練習熱心なんだな、なんて感心した。
 そしておそらく、その合宿期間中に音駒高校という学校と練習試合でもするのだろう。

 日向と話す時は通訳が必要だ。

 そして、その流れだと後に続く言葉はなんとなく分かる。嫌な予感がして、そっと日向から視線を外した。
 きっと日向のことだから試合を見に来て欲しいとか言い出すに決まってる。青城との練習試合に続いて、練習まで見学してしまった。その上また練習試合を見に行くのはさすがに気まずすぎる。

 特に月島君だ。試合を見に行ったりしたらまた嫌そうな顔をされるに決まってる。うまく流れを変えなければ……。

「……そ、そうなんだ。頑張ってね。私は行か――」
「見に来て!!!」

 間髪入れずに言われ、そっと目を閉じた。日向のキラキラ笑顔を見たら断れない。いや、見なくてもきっと断れない。

「……場所は?」

 精一杯の抵抗を試みる。どうか断るのに不自然じゃ無いくらい遠い場所でありますように。

「烏野総合運動公園!」

 ダメだ。近い。歩いても行ける。自転車を飛ばせばほんの十分ほどだ。

 私は細く息を吐き出した。

「……分かった。行くね」
「やった!!」


 嬉しそうな顔をしながら日向が教室を出て行く。そんな日向を見送ると、友人二人からの視線を感じた。

「な、何よ……」

 神妙な面持ちでヒナがゆっくりと口を開く。

「なんか……最近バレー部と仲良い気がするのは私だけですか?」
「ヒナちゃん、やめてください」
「えー、だってさあ……」
「そういえばナマエ、この間も練習見に行ったんでしょ?」

 いいじゃん。バレー部入っちゃえば? そんな軽いノリで綾乃がいちごオレを飲みながら言った。

「あれはっ……西谷さんがいるっていうから……」
「誰、西谷って! イケメン!? 何組!? 恋愛に発展する確率は何パーセントくらい!?」
「二年生の先輩! 確率はゼロパーセント! ヒナ、本当にいい加減にして。何でもかんでも恋愛に結びつけようとしないで!」
「なーんだ、つまんない。ナマエに彼氏が出来たらダブルデートとかしたいのにー」

 ヒナはそう言うとつまらなさそうな顔をして鏡を取り出し前髪を整え始めた。

「まあまあ。恋愛は一先ず置いといてさ。バレー部、いいんじゃない? ナマエ、最近楽しそうだよ」

 クスクスと笑いながら綾乃が言う。

 たしかに、バレーが好きだと再認識してからは、少しだけ気が楽になった。好きでいてもいいんだと、素直にそう思えるようになった。
 だが、菅原先輩にマネージャーに誘われた時、『はい』とは即答出来なかった。やるからには中途半端なことはしたくない。


「……もうちょっとちゃんと考える」


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