それは歪で不器用な、







「獅郎」


低音の美声が、俺の名を呼ぶ。
女性が聞けば、腰砕けになるだろう――それくらい、甘ったるい響きを含んでいる。
俺の名前は、そんなに甘い響きなんざ持ってねぇのに。


「獅郎。こっち向いてください」


向け、と、言われても。
胡座をかいて寛いでいたところに、背後から勢いよく抱き着いてきたのは、何処のどいつだ。
抵抗する間もなく懐に抱え込まれ、ろくに身動きもとれない。
辛うじて動かせるのは、首くらいか。


「じゃあさっさと離せ、メフィスト」
「嫌です。このままがいい」


獅郎の米神がヒクリと痙攣する。
こっちを向けと言いながら、離さないとも言う。我が儘にもほどがある。


(その頭のあほ毛、思いっ切り引っ張ってやろうか…)


そう思い、手を伸ばしたら。
その手は髪を掴む間もなく、メフィストの頬に収まって。至極嬉しそうに、擦り寄ってくる。
余りにも気持ちよさ気に目を細めるから、毒気を抜かれてしまう。
と、いうか、何だろう―――こんな表情されたら、非常に、こっぱずかしい。


「………可愛い顔、しますねぇ」
「っ、ばかが!」


獅郎はバッと手を離し、決まり悪そうに目を反らす。
可愛い顔って何だ。意味が解らん。


「……男に可愛いはねぇだろ、気持ちわりぃ」
「仕方ないでしょう。貴方が愛しくて、堪らないのだから」


するり。首筋に擦り寄ってきて、抱きしめられる力が強まる。
獅郎は言葉を詰まらせ、ちっと舌打ちをした。
卑怯だ――これ以上、絆さないでくれ。


「ふふっ…貴方、照れると舌打ちしますよねぇ」
「っ、うるっせぇ!」


また舌打ちをしそうになって、慌てて自制する。
ギリッと唇を噛み締めると、穏やかに笑う気配が伝わる。
いつもの嘲りを含んだ嗤いではなく、心からの笑みだ。



ちゅっ



軽いリップ音と共に、ピリッとした痛みが走る。
メフィストが、首筋に軽く歯を立てながら、吸い付いていた。


「メッ…メフィスト!そこに…」


痕はつけるな、と。
告げかけた言葉は、悪魔の唇の中に消え失せる。
ほんの数秒ではあったが、獅郎を黙らせるには充分だった。


「―――っ、メフィスト!」
「何を憤っているのです?自分のものに痕をつけて悪いのですか?」


ムッとしたメフィストは、ぐいっと獅郎の襟首を引きずり落とす。
そうして露になった肌に、躊躇いなく歯を立てた。


「うぁっ、ちょっ、やめっ……――!」


獅郎の訴えを黙殺し、きつくきつく吸い上げる。
時折、戯れのように甘噛みしたり、労るように肌を舐める。
背筋を伝う何とも言えない感覚に、思わず息が詰まった。


「―――これで当分消えないでしょう」


深く刻まれた鬱血痕に、至極満足げに微笑む。
吸われた箇所を撫でた獅郎は、メフィストを睨みつけた。


「…あのなぁ、見える所に痕付けるなって、何度も言ってるよな」
「見える所に付けないと意味ないって、何度も言ってますよね」


憮然とした悪魔に、思わず溜め息が漏れる。
こいつは、自分の気に入らないことには耳を傾けない。
俺に対しては大分と寛容的だが、反面、とても我が儘で嫉妬深い。
俺の主張を受理するときは、こいつにとっても有利な場合でしかないときだ。


「はぁ……当分きっちりした服を着るっきゃねぇな…」


諦めた。こいつは何を言っても無駄だ。
獅郎はがっくりと項垂れる。対してメフィストは、とても嬉しそうだ。
諦念に立っている獅郎に、メフィストはここぞとばかりに、肌蹴た箇所に吸い付いていく。


「ふふっ、見せつけたら良いじゃありませんか。
…いや、逆に、きっちりと着てくれた方が、安心しますね」



私以外の輩に、肌を見せなくていい。



肩口から顔を上げたメフィストは、うっそりと笑う。嫌な汗が、流れた。
獅郎は身を引こうとするも、強く引き寄せられて、逃げられなくなる。
ヒクリと頬が引き攣る。ザァッと血の気が引く。
背後からきつく抱擁してくるメフィストは、実に悪魔らしい笑顔を浮かべた。


「お前に似合いの、真っ赤な首輪を付けてやりますね」


再び首筋に噛み付こうとするメフィストを、獅郎は寸での所で止める。
お預けをくらった悪魔は、酷く不愉快そうに目を細めた。


「何するんですか」
「お前ばっかりずりぃ、不公平だ。……俺にもやらせろ」


先程の不機嫌さは、何処へやら。メフィストはポカンと、獅郎を見詰める。
獅郎はちっと舌打ちし、目を逸らす。照れているときの、証拠だ。


「……んだよ、何か文句あんのか」
「まさか。嬉しいですよ」


さぁ、どうぞ。
目尻を下げたメフィストが、今か今かと待ち構える。
獅郎は本日何度目になるか解らない舌打ちをした後、ゆっくりと、悪魔の首筋へと吸い付いていった。






――余談だが、暫く獅郎は、かっちりとした服装しか着られなかったらしい。
そして暫くメフィストは、愛しげに首筋を撫でていたそうな。






相愛理論



(これが私の愛情表現)
(これも俺の愛情表現)





…………………



いけた様へ。拙いものですが、相互記念のお礼に捧げます。
遅くなり、申し訳ございません…!!リクエストに少しでも沿えていれば良いのですが…
拙いものですが、受け取っていただけましたら幸いです。
ふつつか者ですが、改めて、これから宜しくお願いします(^^)




11.09.01





(2/6)
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