「おとーさん、まだねてるのかな」
大きな目をしばたたかせて、雪男は、獅郎の部屋の前で立ちつくす。
時刻は正午近く。いつもならとっくに起きているはずなのに、今日はまだ父の姿を見ていない。
修道院の皆は、“あの人は働きすぎだから、たまには休養も必要だろう”と言っていたけれども、心配なのは心配だ。
「もう…にいさんもしんぱいなら、ついてきたらいいのに…」
素直じゃない兄の顔を浮かべながら、雪男は意を決してノックする。
すると。
「―――どうぞ」
父の部屋から、父ではない低い声が返ってきて、雪男は目を白黒させた。
「っ!?え、あの…だれですか?おとーさんは…っ」
「おや…私をお忘れですか。
まぁ片手で数えるほどしか会ってないから仕方ないか」
がちゃり
ドアが開き、現れた人物に、雪男は大きな目を更に大きく見開いた。
「お久しぶりですねぇ、雪男くん。随分と、大きくなった」
父より高い身長に、一つくるんと飛び出た特徴的な髪、尖った耳。
物腰の柔らかい口調と、垂れ目がちな碧色の瞳。
今はワイシャツに緩くタイを締めている状態だが、彼が奇抜な服装を好んでいることは、幼いながらに知っている。
「め、メフィスト、さん…?」
「おや、覚えてくれていたのですか。これはこれは光栄です」
ゆるゆると笑うメフィストに、雪男は慌ててお辞儀をした。
この人は、父の知り合いだ。しかも、祓魔師関係の。
本当に数える程度しか会っていないが、印象的な見た目のお陰で、忘れることはなかった。
「えっと……なんでメフィストさんが、おとーさんのへやにいるんですか?」
雪男の尤もな質問に、メフィストはついっと、部屋の奥に視線をやった。
「君のお父さん、ちょっと寝込んじゃいましてね。
今日一日はろくに起き上がれないみたいなので、面倒みてあげてるんですよ」
「えっ!?おとーさん、びょーきなんですか!?」
たいへん、にいさんとみんなに、しらせなくっちゃ!
そう息巻く雪男に、メフィストは困ったように笑った後、幼子の目線に合わせるよう、膝を折った。
「お父さんは、病気ではないですよ。
そうですね―――お父さんは今、とてもとても疲れていて、とてもとてもお休みが必要なんです。
だから今日一日は、お父さんを休ませてあげてくれませんか?」
私が代わりに面倒をみますから、雪男くんは安心してください。
「ほ、ほんとうに、だいじょーぶ…?」
彼の背後には、ベッドの上で疲れきったように眠る父の姿が見える。
メフィストは、今にも泣き出しそうな顔をする雪男の頭を優しく撫で、一つ頷いた。
「ええ、大丈夫ですよ。
ですから、お父さんをゆっくり休ませるため、お兄さんや皆さんには、この部屋に近付かないように、お伝えしてください。
それと、私がいることも、秘密にしてくれると助かります」
賢い雪男くんなら、言い付けをしっかり守れますよね。
「うん!わかった、やくそまもるから、おとーさんのこと、おねがいします」
力強く返事を返した雪男は、はたと目を止める。
じぃっとこちらを見つめてくる雪男に、メフィストは小首を傾げた。
「どうかしましたか、雪男くん」
「メフィストさん、くびもと、あかいてんてんがついてるよ?
むしにでも、さされたの?」
ワイシャツから覗く箇所、そこに、赤々とした斑点模様が2・3個ほどついている。
ああ…と、メフィストはその箇所に触れ、妖艶に笑った。
「酷く愉しかった戯れの痕ですよ」
(?どーゆーいみですか?)
(ふふっ、内緒、ですよ)
11.08.13
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