「手付かずの世界」補完話
ご都合設定及び神父の死後の捏造設定要注意












「―――良いのですか?息子と愛弟子の元に行かなくても」

儚い佇まいで、窓の外を見つめる、恋しく愛しい彼。
傍に擦り寄り、きゅっと腰に手を回せば、穏やかに笑う声が耳に届く。
この時ほど、自分が虚無界の住人で良かったと、実感する。
もしも自分が悪魔でなければ――実体を持たない、魂のみの存在になった彼に、触れることなどできないのだから。

「……良いんだよ。あいつ等はまだまだ道の途中だ…俺が会いに行くのは、あいつ等がもっとマシになってからだな」


今は手探りで、必死になって成長してんだ。
もう暫く、見守ってるよ。


「それにお前が居るからなぁ、安心してお空の上から見物できるってもんだ」
「おや、そこまで私を信用していいんですか?もしかして、彼等に不利な試練を与えるかもしれない」

こう告げると、彼は、ニカッと笑った。「あいつ等を甘く見んなよ。お前の企みを乗り越えられねぇほど、やわく育てた覚えはない」

よほど間抜けな顔をしたのか、眼鏡越しの紅い双眸が、おかしそうに細められる。
確かに、彼の言う通りだ。
やわい者達ならば、とうの昔に見限っている。

「………よくもいけしゃあしゃあと。お陰様で、危うく罷免されそうだったんですけど?」
「ざまぁみろってんだ。まぁ……お前一人に背負わせて、悪いとは思ってんだよ。これでも、な」

らしくない笑みを浮かべた彼に、何とも言えない気持ちになった。






―――壮絶な最期を遂げた彼の魂は、霊化することなく、無事にあの世へ逝けたらしい。
『逝けた』と、はっきり断定出来ないのは、まだあちら側へ渡っていないから。
もしも渡っていたのならば、命日や盆でない限り、還ってこれないはずだ。
彼は今、あちらとこちらの狭間を漂っている状態にある。


「―――獅郎」


彼の掌を手に取り、そこに唇を寄せ、目を閉じる。
魂の真理に従い、一刻も早く輪廻に還るべきだ。

理に逆らい、輪に還っていない。これは極めて重大な問題である。

もし、このままの状態が続いてしまえば――輪に還ることが出来なくなり、魂の消滅まで、あちらとこちらを彷徨うことになってしまうかもしれない。
いや、そうなる前に、魂を喰らう悪魔に目をつけられてしまうだろう。
…まぁ他の悪魔がこれに目を付けることなどあれば、真っ先に己がそいつを屠りに行くが。



ともかく、この半端な状況は、彼にとって非常に宜しくない状況だ。



だが一方で、悪魔の本能が囁くのだ―――いっそこのまま、還ることができなくなればいい、還らなくていい。
消滅する日まで、己の傍らに在れば良い、と。





「………らしくねぇ顔、するなよ」


するり。
口付けていた掌が離れたかと思えば、頬を包み込まれる。

「獅郎……」

頬を包み込んできた彼の手に、己のそれを重ねた。
自分より僅かに小さい骨ばった手は、生前となんら変わらぬ感触と温かみを宿している。
手だけじゃない。その声も、瞳も、何もかも全て――生前のまま。
気高く強い魂の輝きは、父の手に掛かっても尚、色褪せてはいない。


「獅郎、しろう、しろう」




あなたは、かえるべきだ
けれども、かえしたくない




「何故、渡らないのです。貴方を引き留めるものは、なんだ。
このままだと、私、貴方を、」




言いかけて、口を噤む。
代わりに、きつく彼を抱きしめた。








「―――……おまえ、だよ





俺が引き留まる理由は」








――――たっぷりと間をおかれて告げられた言葉は、まさに晴天の霹靂だった。



「―――………は?」
「だから、おまえだよ。俺が、留まってんのは」



だってさぁ、おまえ、俺が居ないと全然ダメじゃねぇか。
他の奴等は、俺が居ずとも、ちゃんと大事な奴等を見つけているから、安心できる。
だけど、おまえは。
……おまえは、俺が居ないと、独りぼっちだろ?



「お前の気が済むまで、此処に還ってきてやるよ。お前の寂しさが、失くなるまで」



その代わり、俺が霊化しないよう、喰われないよう、手綱持ってろよ。
ま、この俺がやすやすとやられる訳ねぇけど。





ふっ…と。
彼は穏やかに、微笑む。
温かな手で頬を包み込んでくるのは、生前から変わらない、彼のくせ。
決まって必ず、自分を慰めたり慈しんだりするときの、彼の。





「――……っ、貴方は、馬鹿かっ……」




私の気が済むまで。それは、私の命が尽きるまで。
私の寂しさが失くなるまで。それは、彼さえ居れば、




「そんな……ことを、言われたら………私は貴方を、還せなくなる――」




なけなしの我が良心が、思い留まれと言っているうちに、考え直せ。
このままだと、嬉々としてお前の魂を、永劫縛り付けるだろう。



「………お前さ、ほんと俺しか拠り所ねぇのかよ?淋しい奴だな、日頃の行いをちったぁ見直せ」
「煩い。お前と出会わなければ、こんな煩わしい想いを抱かずに済んだのだ……この私が、人の子如きに、こんな。どうしてくれる」


素の口調がついて出ると、腕の中の彼が、軽く吹き出した。


「………そうかよ。じゃあ責任とってやるかー…」



お前の隣は心地好いし、おもしれぇし。
気の済むまで、付き合ってやるよ。



「本当に――規格外すぎて、笑えない。
本当に、馬鹿だ………馬鹿ですよ、獅郎」
「うっせ。俺の勝手だろ、ばーか」


柔らかく微笑む気配が伝わってくる。
優しい腕が背に回され、ゆっくりと、撫でられる。
息が詰まる。胸が、熱くなる。


――ありがとう


吐息に混じった想いが届いたのか、彼は、小さく頷く。
競り上がる感情のうねりにひたすら堪えるよう、きつく目を閉じて、その肢体を強く抱きしめ返した。

















永い永い、時間。
気の遠くなるくらい、果てしない、時間の中で。
いずれ己さえも認識出来なくなるくらい生きた時、傍らに、ただ一人が居てくれたらいい。

この瞳が光を映さなくなるまで。
この鼓動が動きを止める、その瞬間まで。

互いの傍らに、互いが在れば。
たとえ世界や自分さえのことも解らなくなったとしても、傍らの温もりさえあれば、












(お前と俺…どっちが永く、在れると思う?)
(さぁ……私ほどの悪魔になれば、図り知れない時間を過ごす。それこそ、永劫に近い時間を。
…まぁ貴方も、それくらいしぶとく存在しそうですね。魂の消滅も、存外永い時間が掛かる)
(ははっ。じゃあお前の最期の時まで、居れんのかなぁ)
(どうでしょうね。ですが……本当の別れが来るまでは、どうか傍に居てください)










とこしえの世界



(掛け替えのないものは、常に此処に在るのだと、知る)







…………………





捏造、ご都合設、大変失礼いたしました。ほんと私の妄想で申し訳ありません。見るに堪えなくなったら下げます…。
サイトを立ち上げたきっかけが、このお話を書きたい、という一念からでした。
公式様がどう展開してゆくか解りませんが、神父がちゃんと往生できていることを願いつつ。
これも一つの理事長と神父のお話だと思っていただけましたら、幸いです。




11.07.21



(4/9)
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