※温いけど、気をつけて





(愛情と執着心は紙一重)





くちゅり
肌を食んでは吸い付き、ねむる水音が、ダイレクトに聞こえる。
羞恥やいたたまれなさに、獅郎の眉間に皺が寄る。


「…………っメフィスト!」


ああ、もう、この悪魔は、本当に仕様のない。
いきなり壁に押し付けられたかと思えば、きっちり着込んだキャソックを乱されて、首筋やら胸元やらに容赦なく痕を付けていって。


別に、嫌、という訳ではない。


聖職者ゆえ、なるべく色事は控えるよう心掛けている。(というか本来そういうことをすべきではないのだが、そこは気にしたら負けだ)
なのでこの悪魔に随分と『お預け』を食らわしている自覚がある為、これくらいなら、と、好きなようにさせていた。



そう、初めのうちは。


「っ、しつっけぇなぁ…いつまでやるつもりだ」


かれこれ半刻以上は拘束され、好きにされている。
そろそろ戯れの時間は、終いだ。真昼間に、しかも幼い息子達がはしゃぎ回る時分に、これ以上のことを赦す訳にはいかない。
獅郎は、抱きすくめてくるメフィストを引きはがそうと、もがく。
が、幾ら彼が痩身といえど、純然たる悪魔。
獅郎のもがきなど軽くあしらい、きつく腕の中に閉じ込める。


「嫌です。一体どれくらい、貴方に触っていないとお思いで?」


寧ろ最後までやっていない私を褒めて欲しいくらいだ。
場を弁えて、これくらいで勘弁してやっているのです。大人しくしていなさい。



不満げな声に、言い返す言葉が見当たらない。
ぐっと押し黙った獅郎は、かわりにじっとりとした目で、己の首筋に吸い付くメフィストを睨み付ける。
耳元で、くつくつと笑う声が聞こえた。


「止めてくださいよ……そんな顔をされると、我慢できなくなる」




ぐちゅり
耳の中に、温かく湿った何かが侵入し、聴覚を犯す。
ワンテンポ遅れて、それが舌だと認識した獅郎は、カッと顔を赤らめた。

「てめっ………!!」

怒鳴り声は、呼吸ごと奪うように、にんまり笑う悪魔の唇の中へ。
思い切り口を開けていたせいで、簡単に舌の侵入を赦してしまう。


「むぐ―――……っ!」


メフィストを跳ね退けるよりも早く、顎を固定され、腰を抱かれる。
長い牙が戯れに唇を食んでくる。這い纏わる舌が好き勝手に口内を犯す。欲望に忠実な悪魔の瞳が、喜悦に歪んだ。



くちゅり、くちゅ



「く……ぅ―――っ」



どれくらい、好いようにされていただろうか。
怒鳴る気も抵抗も失せた頃、下唇を甘噛みされて、漸く解放される。

「……んの……やろう……っ」

生理的に潤んだ紅い瞳が、キッと睨みつける。
獅郎の睨みを悠然と受けたメフィストは、うっそりと微笑んだ。



「良い眺めだ―――酷くそそられる」



碧の瞳に情欲の火が燃え、憚ることなく舌なめずりをする。
乱れたキャソックから見える肌が煽情的だ。
首筋、鎖骨、胸元。そこかしこに刻んだ赤い痕一つ一つに、彼に向ける強い感情が、篭められている。
更に、朱に染まる頬と潤む目で、必死に盾突こうとする様は、徒に嗜虐心を煽るだけ。
意図を持って抱きしめる腰を撫で、濡れそぼった唇をべろりと舐めてやった。

「―――っ」

獅郎は息を詰まらせ、目の前の悪魔を見据える。
メフィストは目を細め、つぅ―――と、赤い痕だらけの肌に、指を這わせる。


「―――知ってます?
悪魔が抱く恋情や愛情は、とんでもなく厄介なものなんですよ」


好意を抱いた対象は、どんな手を使ってでも手に入れる。
対象が泣こうが喚こうが、知ったこっちゃない。なんせそれは、自分のものになるべきだと決まっている。


「…そりゃあ大した持論なことで」
「ええ。もっと紳士的にするべきだと思いますが、元来悪魔とはそういう生き物ですから」


一つ一つ、丁寧に。
赤い痕をなぞり、存在感を際立たせる。

まるで、お前は私のものだと、いわんばかりに。

この悪魔が、人の子である自分に向ける――愛情とも執着とも言える強い感情の片鱗を、否応なく感じさせられる。
とんでもない奴に気に入られたとは思っていたが、もしかして自分の予想以上に、厄介で面倒な奴なのかも知れない。


「……だが、飽きたらあっさり棄てるだろう」
「それは本気じゃなかったってことですよ。
本気になれば、なりふり構わずそれを手に入れる。そうして手に入れたら、大事に大事に閉じ込める―――」


ちゅぅ
耳たぶの後ろをきつく吸い上げられ、ぴくりと片眉を上げる。
咎めの視線を寄越せば、間近にある碧の双眸が、三日月に歪んだ。




「そう、悪魔の愛情は、この世で最も傲慢で残酷で
故にこの世で最も純粋で、一途なんですよ」




だから、逃げられると思うなよ。
餓えた獣のように、メフィストは再び獅郎の唇に、噛み付く。
――ハナから、逃がすつもりなどないくせに。まぁ、逃げるつもりもないけれど。
獅郎はそう思いながら、もう暫くこの悪魔の好きにさせてやるか、と、目を閉じた。






Addicted to you



(要はおかしくなるくらい、君に、)




11.07.13


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